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自動車学校体験記1日目「おまえたちは人殺しになる」

先生、と呼ばれるその人は「やってんなぁ。やってんなぁ。」とブツブツと呟きながら教室に入ってきた。教卓の前に立ち、彼は大きな声でこう言った。

「おまえたちは人殺しになる。」

今までわたしは様々な断言をされてきた。ロクな大人になれない、とか、マトモな会社員になれない、とか、幸せになれない、とか、結婚できない、とか。しかし、「人殺しになる。」と断言されたのは初めてなので正直面食らった。マジか。わたしたちは人殺しになる。

彼は、学校の近所の交差点で親子が亡くなった陰惨な交通事故の新聞記事の切り抜きを木の棒でパシパシ叩いて、さらに続けた。

「免許なんて取らない方がいいかもしれないなぁ。」

「この中に人殺しがいる。人を殺すために免許を取りに来るヤツがいるんだ。」

頭の中で江戸川コナンくんが「彼を殺した犯人は…この中にいる!」と断言する。笑えない冗談だ。いや笑えないのは彼がジョークを言っているようには見えないところだ。彼は大真面目だ。よく聞いていると彼のアクセントと節回しはトランプ大統領に非常によく似ている。これは神聖な演説である。God, bless you, America.

大それたスピーチを前に恐れ多く顔を上げることもできず、教科書に書かれた「人に優しく」という文字を見つめる。気がつくと黒板にも大きく「優」という字が書かれている。

「優しさってのをはき違えるヤツがいるんだよなぁ。」

「アクセサリーだかブランド物だかを買ってもらって『まぁタクヤくん!優しい』なんて言って、後から『騙された』って言うんだ。ホイホイ餌に食いついたのはおまえだろうが。」

「騙すヤツが悪いけど、騙されるヤツに問題があるよなぁ。騙される方も悪いんだ。」

彼の言葉にはイケメンと金持ちとそれと番う女に対する憎悪がこもっていた。彼の過去に何かあったのだろうか。自動車学校の講師の年収はいくらなのだろうか。妻は、子どもは、いるのだろうか。

パラリ、と教科書をめくる。道路、とか、交差点、とか、駐車、とか、追い抜き、とかの言葉にアンダーラインを引く。彼の説明は続く。これは専門用語なんだ。政治家にも、忖度、とか、記憶にございません、とか、女はなんでも嘘をつける、とか、専門用語があるだろう。フン。女の敵は女なんだ。よく覚えておけよ。

彼の世界はシンプルだ。善と悪。強者と弱者。金持ちの男と愚かな女。信用に値せず、決して連帯することのない女たち。

昨日から急激に冷え込み、窓の外は冷たい雨が降りしきっている。感染症対策で窓は開け放たれ、教室は凍えるように寒い。ここにはかつてA級戦犯を収容し処刑する刑務所(プリズン)があった。彼らの亡霊も共に授業を受けてくれていれば心強い。時計の針がなかなか進まない。逆回りしているのかもしれない。

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