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司法試験に4回落ちて、小さな出版社に就職した話

とあるゴールデン・ウィークの昼間、わたしは人生にウンザリしていた。一週間後に4回目の司法試験の受験が控えていたからである。まぁ、凡庸な感性を持っている人間なら、4回目の司法試験の受験には大抵ウンザリするものだと思う。

小室眞子さんの配偶者の小室圭さんがNY州の司法試験に落ちた、というニュースが速報で流れたとき、わたしは初めて小室圭さんという人にシンパシーを覚えた。NY州の司法試験の合格率は比較的高く、「ほとんどの人が受かる試験」として揶揄されていた。そういうことをいう人たちは、どの国の司法試験でもいいから一度受けてみてほしい。できれば、複数回。結構大変なものである。

と、小室圭さんには寛容なふりをしてみたものの、自身の卒業校の本邦の司法試験の合格率は約7割と極めて高い水準にあり、わたしの意識としてはわたしは「落伍者」だった。他人のことは許せても、自分のことを許すのは難しい。約3年にわたる浪人生活とコロナ禍で精神的にも経済的にもジリジリと厳しい状況にあった。エネルギーを持て余していた。焦燥感がつのった。

そんな司法試験4回目の受験の一週間前、Twitterで(こんな時期にTwitterとかやっているから落ちる。)、とある出版社の求人が目に入った。ふと思い立って、応募してみよう、と思った。昔から本を読むのは好きだった。よっぽど法律の勉強をしたくなかったのである。すると、意外や意外、まったくの未経験であるにもかかわらず、書類審査に通ってしまった。面接は、司法試験受験の一週間後。

ここでトントン拍子に上手くいく…のかと思いきや、持ち込んだ企画書をパラ〜ッと見た編集長に「へ〜、フェミニズムとか興味あるんだ?まぁ、『流行り廃り』があるからね。」と言って、一笑に付された。良識ある老舗の出版社だと思っていたから、あまりにショックでその後のことはあまり覚えていない。頭が真っ白になり言い返すこともできなかった。

とはいえ、この面接によって火をつけられたのはたしかである。じわじわと怒りが沸いてきた。フェミニズムに「流行り廃り」?ヴォーボワールの前でそれ言えんのか??てか、フェミニズムが「流行り廃り」などと鼻で笑われ蔑まされるのが男性中心社会の問題点だと指摘しているのがフェミニズムでは????稀に見る執着心でその会社の刊行物一覧をくまなくみたが、たしかに「フェミニズム」をきちんと取り上げた書籍はなかった。女性作家の著作も圧倒的に少ない。呆然とした。この世界には必要な本が全然足りていない、と感じた。

続けざまに履歴書をいろいろな出版社に送った。いくつか書類審査を通ったり、通らなかったりした。面接まで行って、持ち込んだ企画書を「何が面白いのかわからない」と一蹴されたこともあった。それでも、わたしがこれまで感じてきた「女」として生きることや、朝3時まで働いて1500万ぽっきりの年収を受け取る仕事がよしとされている風潮への違和感(これを読んでいるロースクールの同級生がいたらごめん。あなたたちの仕事が何より尊いことは、弁護士資格が喉から手が出るほど欲しかったわたしが一番わかっています。)は、大事なことだという確信があり、少なくともこの数年以内に様々なかたちで書籍になるべきだと信じて疑わなかった。だから、泣きながら企画書を直して、また出した。(このくらいの熱量で司法試験の論文の答案も書いていたらね…)

そうしてなんやかんやしているうちに、都内の小さな出版社から面接の連絡があった。これまでの冷たい仕打ちが嘘のように、「君、面白いね。」というかんじで選考が進んだ。4回の司法試験の不合格と厳しい「お言葉」の数々で自己肯定感は底辺だったから、嬉しくなった。

最終面接になった。その出版社は少し尖った刊行物を出していたこともあり、最後に質問ありますか?と聞かれたとき、そのことを尋ねた。今でもその本があったら出しますか?と。一斉にえらい人たちがまったく同じ角度でのけぞった。それを見て、わたしはなんだかこの会社は大丈夫そうだな、と思った。その後の社長の言葉はなんだかわかったような、わからなかったような、全面的に同意できるものでもなかった(し、同意することが求められていたわけでもないと思う)が、曲がりなりにも「組織」として働くのだから、「集団としての経験」みたいなものがちゃんと共有されているところで過ごしたいな、という思いがあった。少なくともそれは実現できそうな気がした。これまで誰よりも頭でっかちに「キャリア」というものを考えてきたけど、なんかここは身体的なセンスで、勘で決めてしまえ、という勢いがあった。

ということで、この9月から都内の小さな出版社で楽しく働いている。年収は皮算用の半分以下になったけれど、在宅勤務中心で、ブルシットなジョブは一つもなく、副業も許されている。好きなことに365日24時間フルベットできる環境だ。こんな働き方があったとは、2〜3年前までは考えもしなかった。この先人生がどうなるのか、まったくわからなくなってしまったけど、それを含めて楽しもうと思う。人生は100年あるというし、そのくらいの「ゆらぎ」があってもいいんじゃないか、と。野垂れ死にそうになったら、助けてください。

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