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【人的資本経営ストーリー作成塾】第2回 人的資本の測定と開示の考え方

CHROFYは、「人的資本」や「人的資本経営」に関する専門家たちのご協力のもと、人事・経営に役立つ情報を定期的にお届けしています。

【人的資本経営ストーリー作成塾】では、事業創造大学院大学 一守靖教授から、人的資本経営や人的資本経営のストーリーを作成する上でのポイントなどを解説していただきます。

第二回は、「人的資本の測定と開示の考え方」についてお届けします。

人的資本情報は誰に対して開示するのか

人的資本情報の開示内容について考える前に、「企業は誰に対して人的資本情報を開示すべきなのか」について考えてみましょう。
前回ご説明した通り、いま人的資本経営が注目され始めた背景には機関投資家をはじめとした投資家の要求拡大という状況があります。
従って、企業が人的資本を開示する上で意識すべき最初の存在は「投資家」ということになります。ここでは生損保会社、銀行等の金融機関といった、いわゆる機関投資家が中心となりますが、ESG銘柄への投資に関心を持つ個人の投資家の関心も高まってくることと思われます。

そして、投資家以外に、企業は誰を念頭に置いて人的資本の開示を行うのでしょうか。
まず、「就職先を検討している人々」があげられます。
一般的に就職先を検討している人々が企業の情報を得る手段は、企業のホームページ、企業の求人広告、企業の従業員・元従業員の口コミサイトなどがありますが、良い情報にせよ悪い情報にせよ、情報発信者の主観的な情報に対して個人ごとのフィルターを通して理解しようと努めます。これに対して人的資本情報は客観的事実(データ)で示されるため、求職者にとってはとても信頼性の高い情報になります。

ペンシルべニア大学ビジネススクールのピーター・キャペリ教授などの世界的に著名な学者が、「“企業経営にとって人は最も重要な財産”と口では言っているが実際にはその言葉に見合った経営をしていない経営者も多い」と警告を鳴らしています。日本でも同様の考えで「人材」ならぬ「人財」という字を当てている企業も珍しくありません。
企業が本当に自社の従業員を「人財」として扱っているならば、企業はそれを人的資本情報の開示を通して将来の従業員候補者に示すことができるのです。

次にあげられるのは、「自社の役員ならびに従業員」です。
パーソル総合研究所が2022年に行った調査でも、企業が人的資本情報の開示に際して「優秀な人材の確保」とともに「役員層の意識改革」、「従業員エンゲージメントの向上」を重視するという結果が出ています。

最後は、「企業の取引先」があげられます。
近年、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)への関心の高まりを背景にCSR調達に取り組む企業が増加しています。
この取り組みは、企業が製品や資材等を調達する際に、QCD(品質・価格・納期)といった伝統的な調達基準に加えて、環境・労働環境・人権などの対応状況を基準に追加することで、調達活動を通して社会的責任を果たそうとする取り組みです。今後はこの考えをさらに拡大し、人という資本の強化に真摯に取り組む企業との取引を意識することで、経営活動を通して社会的責任を果たす企業が増えてくるのではないかと思われます。

このように、投資家をはじめ、就職先を検討している人々、自社の役員ならびに従業員、企業の取引先など、様々な立場の方を意識した情報を開示する必要があるのです。

それでは、どのような情報を開示すればよいのでしょうか。

企業が開示すべき2つのポイント

次は、その開示内容についてです。企業が開示すべきなのは、①政府が開示要求する人的資本指標、②自社の持続的成長につながる人的資本経営ストーリーの2つに大きく分けられます。

①政府が開示要求する人的資本指標

これまで我が国において、人的資本情報の開示に関連して2つの大きな指針が示されました。
1つ目は、2022年8月30日に公表された内閣官房・非財務情報可視化研究会による「人的資本可視化指針」です。

本指針では、「開示が望ましい項目」として、「リーダーシップ」、「育成」、「スキル/経験」、「ダイバーシティ」、「賃金の公平性」などの19領域が示されました。また、各領域の開示項目については、それが自社の企業価値向上につながる指標なのか、企業の経営リスクを管理するための指標なのか、また、他社との比較で評価すべき指標なのか、企業独自で評価すべき指標なのかを検討すべきであるといった考え方が示されています(図1)。

図1 開示項目の階層(イメージ)
出所:非財務情報可視化研究会(2022)「人的資本可視化指針」

この指針には、企業が測定すべき指標は具体的に指示されていません。ここで重要なのは、指針を参考にしながら企業がそれぞれの業態や戦略に沿うものを選び、明確な目的をもって運用すべきという点なのです。

2つ目は、金融庁が2023年1月31日に改正した「企業内容等の開示に関する内閣府令」等です。この改正では、有価証券報告書及び有価証券届出書(以下「有価証券報告書等」)に記載すべき事項を新たに追加する内容が中心となっています。

具体的には、有価証券報告書等に、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、人的資本に関する戦略や指標、目標について記載することとされています。
ここでいう戦略とは、人材の多様性の確保を含む、人材の育成や社内環境整備に関する方針です。そして、この戦略に関連する指標の内容並びに当該指標を用いた目標及び実績を記載するのです。
「従業員の状況」欄には、女性活躍推進法等に基づき、提出会社及びその連結子会社それぞれにおける次の3つの指標に関する開示が新たに求められることとされています(ただし、いずれも女性活躍推進法等の規定による公表をしていない場合には記載は必要ありません)。
・管理職に占める女性労働者の割合
・男性労働者の育児休業取得率
・労働者の男女の賃金の差異

なお、改正後の規定は2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用されます(表1)。

表1 出所:金融庁資料をもとに筆者作成

また、有価証券報告書等への記載が求められる女性管理職比率、男性育休取得率、男女間賃金格差は、女性活躍推進法と育児・介護休業法に沿った開示が求められていますので、それら関連法の確認も必要です。

②自社の持続的成長につながる人的資本経営ストーリー

これまで説明してきた各種指標は、企業によっていくつかの選択肢があるものの、その情報開示の大枠は法律で決まっています。
しかしながら、投資家をはじめとしたステークホルダーが本当に知りたがっている情報は、企業の持続的成長につながるストーリー(人的資本経営ストーリー)なのです。

そこで次回は、人的資本経営ストーリーの基となる、「人的資本経営モデル」という考え方について解説予定です。

(参考文献)
パーソル総合研究所(2022)「人的資本情報開示に関する実態調査」https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/human-capital.html



CHROFYは、今後も、人事・経営に役立つ情報を定期的に発信していきますので、どうぞお楽しみに。
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