『関心領域』のこと。

悪名高いアウシュヴィッツ捕虜収容所と壁一枚隔てられた家で生活する、
ドイツ人一家の日常を映した物語。

私は映画見る時に前情報をほとんど入れないで観に行く。
事前に知るのは、監督、主演、ジャンル、くらいが理想。

でもこの作品は特殊で、前情報というか、知識がないとまったく訴えどころが分からない。
しかも観察力と想像力も必要とされる。
新しいかも。
映画史に名を遺す作品となるかもしれない。

固定の引きのカメラで展開されていく物語なので、
うっかりすると大事な設定、表情などを見落とす。
理解するのに難易度高いかも。
空は青く、花々の咲き乱れる美しい庭。
幸せに暮らす一家。
それをそのまま受け止めて見ていると、ただ過ぎていってしまう。
さらに、広い視野で見ないと、見失う、見誤る部分もある。
また、実は音の情報量がとても多いのだが、
元々あんまり雑音が気にならないタイプの人
(映画館で持ち込みの袋わしゃわしゃ言わせちゃうタイプの人とか)だと気にならないレベル。
終始ゴーって音や人々の悲鳴のような声、銃声のようなものまで流れているのだが、
気にしなければ気にならない、問題意識を持って観ないと聞き流してしまう。

ヘスという所長は実在の人物だが、この妻は現実にはどうだったのだろう?
壁一枚隔てて、その向こうで大量殺戮が行われているのに、
妻の関心事は、自分の生活を守ること。
制作者は「同じことがパレスチナで行われている」と言っているというが、
本当にそうだ。
認識しなければ、それは存在しないことと同じ。
日常は穏やかに繰り返される。

またこの妻、元々はそんなに裕福ではなさそうで、
ユダヤ人の元で働いていたりもしたので、
そこはかとない「してやったり感」もあったのだろう。
お手伝いに行っていた隣家のカーテン、欲しかったんだ。
ただ無関心なだけじゃなくて、そういう野心や欲、闇があっての彼女の「関心領域」なのだろう。
関心事は、品性や知識、想像力に左右されるものなのかもしれない。
この作品を見た人が何を感じるかもそこにかかっているかも。
人道に関しての知識や教養、想像力がこの妻にもう少しあれば、
夫への助言があったかもしれない。
殺されるユダヤ人はもう少し少なくて済んだのかもしれない。

某世界展開のファーストフードチェーンの関係者が、知り合いに2人いる。
二人に同時に会った機会に「どう?パレスチナ問題に関するクレームとか来てないの?」と言ったら、
二人ともぽかんとしていた。
彼女たちの勤務する会社が、イスラエル応援企業の急先鋒と言われていて、
世界各地でボイコット運動が起きていたことは、彼女たちには関心領域外だった。
私にはそれを批判する気もちは全くない。
みんなそれぞれ生活、日常がある。
決して楽ではない。
この平和ボケの日本で、関心領域外に思いを馳せることはなかなか難しいと感じる。
私は子どもの頃から世界情勢や戦争、紛争、貧困、民族、宗教、そしてその対立、
みたいなものに興味があって、ユニセフ親善大使や国連難民高等弁務官になりたいと思っていたことがあった。
そんなことを言うと周りの人から「変わってる」とか「もっと地に足を付けた考えを持ちなよ」といったことを言われてきた。
でもこの作品のボディーブローのようにじわじわと効いてくる、無関心の罪の重さ、恐ろしさ。
他人はどうあれ、少なくとも私はあの壁の向こうで何が行われていたかを知っている私にとっては、
もう関心を持たない、見ないふりをすることは罪だ。
Xでパレスチナの実情を追ったりしていると「あなたの関心が私たちの命を救う」
「もう無関心でなんていられないんだ、人が殺されているんだ」
「声を上げなければ命は失われていく一方だ」と言った発言を目にする。
ウクライナやパレスチナは、すぐそこの塀の向こう。
ひとりひとりが壁の向こうに関心を持ったら、世界はもう少し変わるかも知れない。
この作品によって、その意識を多くの人に持ってもらえたら、と思う。

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