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地球温暖化対策の植林から生と死の理解度を測る

 植林による地球温暖化対策は周知のことだろう。
 しかし、本当に植林で地球温暖化対策になりうるのだろうか?
 一部から反感を買いそうな疑問であるが一度考えてみることも地球を理解する上で良いことだろう。

 さて、そもそもなぜ植林で地球温暖化対策になるのか、調べてみることにしよう。
 すると、端的に答えると
「木は二酸化炭素を吸い、酸素を出すので空気中の二酸化炭素濃度を下げ温室効果ガスの吸収により温暖化を防止する」
 というものである。

 車の企業が昔このようなキャンペーンをしていた。
「買った車の排出量の温室効果ガス分の植林をする」というものだ。これにより顧客は温室効果ガスを削減して地球環境に安心して乗車できるキャンペーンだ。
「木は二酸化炭素を吸い、酸素を出す」のであるから理にかなっており理解できるキャンペーンと言えよう。
 しかし、ここで一つ疑問が生じる。
 仮に一台につき100本の木を植えていたとしよう。
 その木は当然生きた木を植林するわけである。その生きている木はかならず枯れて倒れる。つまり死ぬわけである。
 寿命は種や環境で変わるので一旦おいておく。ただ間違いなく将来枯れて死ぬのである。

 枯れて死んだ際、その木はどうなるのだろうか?
 まさか金の様に一切科学変化を起こさず倒木としてあり続けるのだろうか?
 そんなわけはなく、科学変化も起こすし、他の生物の餌になるのである。微生物から、昆虫までがよってたかり食べていくのである。
 そうすると木は分解されてゆく。当然、微生物も昆虫も生き物で呼吸している。CO2を出して生活しているのである。しかも、木を食べて成長した昆虫はまた捕食され大きな生物のエネルギーとして紡がれその生物もCO2を出している。
つまりは木が枯れて分解されると吸収したCO2ないし炭素は木に留まることなく様々な形で空気中に戻っていくのである。
 これは生き物として当然の循環であり自然の摂理である。
 と、なると「あれ?」と思わないだろうか?
 木を植えてCO2を吸収したところで吸収したものは循環してまた空気中に戻り、車の排気ガスから出た温室効果ガスの削減を担っていない。
 学校で植林は地球温暖化対策の一つと習って来たが植えたあと枯れて死ぬことを一切考えていない。
 たとえ人工的に植林したものでも食物連鎖のピラミッドから逃れることはできないのである。

 はっきり言ってしまえば現代の人間は「死」ついて無頓着なのである。
 しかし「生があれば死がある」という理解があれば科学的知識がなくても地球温暖化対策について紐解けるのである。
 地球温暖化対策において木は二酸化炭素を吸うから植林で対策ができると安易に考えている人は「生と死」の理解度は高くないと言える。

 忌引など死を忌み嫌う文化は昔からあるが、「生と死」の理解度の低さは、現代社会で死を排除しすぎたの弊害の一つとも言えよう。


次回「『信用』について金やダイヤモンドから学ぶ

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