『決戦!株主総会』には史書としての面白さがある

2018年から2019年にかけて世間を騒がせたリクシルのトップ人事をめぐる記録……と銘打っているのだが、実質的には現CEOの瀬戸側から描かれており、前CEOの潮田側の描写は少ない。

潮田側の登場人物が取材をあまり受けなかったとされているし、そこには一面の事実はあると推測しているのだが、結果的にこの本の存在自体が中国の「正史」めいているのが面白い。

どういうことか、中国史に詳しくない人のためにざっくり解説しよう。中国史書の歴史は長い。古くは司馬遷が紀元前に『史記』を著してから18世紀の『明書』にいたるまで「前の王朝がいかに非道で、現王朝がいかに素晴らしいか」を史書=正史を編纂して説く営みが続いている。そもそも「革命」という単語が天命をあらためることに由来しているわけで、王朝の支配を正当化することは新王朝の必須課題であった。中国人の歴史にかける思いは強い。

そういう事情を知っていると、『決戦!株主総会』はリクシル現体制にとっての正史なのだという感触を得る。

ことの発端は2018年の10月、リクシルCEOの瀬戸欣也が突如として解任されたことである。コーポレートガバナンス上の仕組みは煩雑なので本書に譲るが、ポイントは創業者の潮田洋一郎が偽計を用いて瀬戸を追い落としたことにある。

潮田は指名委員会に対しては「瀬戸さんが辞意を表明している」と、一方瀬戸には「指名委員会の総意だから」と言って解任を行っている。そんな偽計が通るのか、と思うがコーポレートガバナンス上の仕組みが形骸化しており、通ってしまったのである。

そんな状況だから瀬戸は私利私欲のためではなく、コーポレートガバナンスとついてきてくれる従業員のために戦う……という書き方になっているのだが、この書き方が非常に正史っぽいなぁ、と感じた。

当然、正史だから瀬戸が潮田よりはるかに高い役員報酬を受け取っていることには触れられていない。その上で「瀬戸は金銭を目的としていない」ような書き方なのはやはりモヤモヤする。著者は日経のジャーナリストであるが、取材対象との距離感が気になるところだ。

とはいえ本になるくらい内容は面白い。『史記』が前漢の正当性を示しつつも読み物として面白いのと同様、本書も人間ドラマの描き方が上手くて面白い。まるで経済小説のようだ。特に株主総会のルールの穴を突こうとする会社と瀬戸サイドの攻防は見応え十分だ。

終章ではリクシル現体制がいかに形骸化せずにコーポレートガバナンスを維持しているかが宣伝されているが、真価が問われるのは瀬戸の退任後だろう。今後も注視していきたい。

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