平岡文庫 第一集

はじめに

 日向坂四期生の平岡海月さんがブログで紹介した書籍群を勝手に平岡文庫と名付けました。そしてそれぞれ紹介された書籍に関して実際に読んでみた感想を記していくものになります。それではどうぞ。

2023/01/01

『モノガタリは終わらない』:短編集(朝井リョウ、伊坂幸太郎、等)

これメルカリの企画で作られたもの、という立ち位置でいいんですかね。お題は「捨てない」の部分だけ。ものにまつわる思い出だったり、関係性そのものであったり、「モノと記憶」について21人の豪華作家陣が思い思いの筆致で記した短編が詰まった1冊です。
みっちゃんが書いていたように作家によって全然テイストが違くて、江國香織と筒井康隆、尾崎世界観と太田光、角田光代と平野啓一郎、みたいな面々の名前を見るだけでもバラバラなのが面白いなあと。

以下は短編の中でも個人的に好きだったものを列挙し少しずつ感想を付記していきます。

・いい人の手に渡れ!:伊坂幸太郎
これを読み終えてからちゃんと伊坂幸太郎作品を読んだことがないことに気がついた。有名なのを図書館で借りてみるか。ストーリーとしてはお父さんが小1の息子のためにでっち上げた空想世界が…?というもので、この浮遊感というか日常とファンタジーが地続きで接続する感じが伊坂作品の味なのかな?と思うなどしました。

・吉凶の行方:朝井リョウ
わたし朝井リョウ作品わりと好きなんですよね、年代が近いのもあるでしょうけど、描かれる体験や言葉の質量の体感が近いというか、薄っすらと感じてはいても認識されていないような感覚を浮かび上がらせて輪郭をもたせるのがうまいというか。『正欲』は結構自分に残っている作品です。本作は優貴子視点で展開されるけれど、進太郎のキャラクター造形とそうした人物から発される言葉、それが発された後の描写だったりが好きです。

・珊瑚のリング:吉本ばなな
母が好きな作家なのでわりと実家にいたときに何の気無しに手に取っていた作家こと吉本ばなな。なんとなくですけど「色と感触」の作家という印象があります。今作で言えば珊瑚のリングのデザイン・母の手、光り輝く異国の街、など。また、登場人物にはしっかりと温度感が宿っているというか、悲しみは重く、喜びは軽く、という風に読んでいて心が動いている感触があります。また実家帰ったときいくつか借りてみようかなあ。

・花魁櫛:筒井康隆

筒井康隆節が詰まっていたし、読んで思い出したのはこの曲のことでした。巨匠だし文体もまた人を喰ったような部分もあったりしますが(本作は)、読んでスッキリするだけが読書ではないとは思っているので、こういう感触を求めるときに筒井康隆の文章は合っているのかもしれない個人的には。

・消しゴム:岩井俊二
全然岩井作品映画を観ていなかったことに気づく。このパターンが多いなこの短編集、、。本作、「消しゴム」だけど消しゴムじゃなくて、なんとなく関係性が変化してしまって以前みたいに話せなくなった父子があって、というところがどう帰着するのかという点で引き込まれました。情景や音に対する感覚も好きな手触り。『リリイ・シュシュのすべて』あたりから観てみるか。

・封印箪笥:綿矢りさ
遊び心。せめぎあいが楽しい。自分の欲望のためにやたらカタカナ言葉使ったり相槌を試行錯誤したりネイルや髪をどうにかアピールする主人公がいじらしくもあり、それに対し脱臼させたような応対をする松尾さん。後半からのホラーチックな描写もフフっとなる。モノに憑くっていうもんね。

・天井裏の時計:平野啓一郎
主人公夫婦が引越し先に選んだ築80年の古民家をリフォーム中に天井裏から見つかった婦人用時計をめぐる話。見つかり方とかはギョッとするけれど、時が止まっていた時計がやがて時計の持ち主も、それを持ち主に返したかった人も、主人公夫婦の止まっていた時をも動かしていくところが好きでした。

・ジョーンズさんのスカート:山田詠美
つい昨年12月頭に美浜のアメリカンヴィレッジに行っていたから情景がありありと浮かんでいました。そして『ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ』。

わたしにジョーンズ一家みたいな人はいないけれど、これを読んで幼少期、まだアメリカに行く前は横田基地に住んでいたいとこ家族とその友達のことを思い出したし、メイク・ア・ウィッシュみたいなもんをわたしも一つ持っておきたいなと思いましたね。

『母影』:尾崎世界観

クリープハイプとしての尾崎世界観にはあまり明るくないのでほぼこの本が初めまして?と思ったら意外に映画主題歌なんかで聴いてたりしたな、『栞』(『14歳の栞』)とか『ナイトオンザプラネット』(『ちょっと思い出しただけ』)とか。
描写で印象的だったのは触感、そして小さな女の子の背丈から見える世界の範囲と温度感でした。カーテン越しに見える母親の姿はいつものお母さんと「お仕事のお母さん」でも違っている、そうした母の形をわたしはなんと呼べばよいのだろう。という。銭湯に入ったとき、自分と母親と、「死ねです」少年のお母さんと、おばあちゃんと、それらの身体の描写だったり「水の声」「熱いにおい」「音がぬれている」という表現は主人公から見えた質感が新しく、でもしっくり馴染んでいるこの感覚。言語感覚が好きかもしれない。みっちゃんは「読むと母に会いたくなる」と書いていました。わたしの母も今の形で有り続けるということはないので(祖母が80を超え変化が大きくなってきたりする所を見ているとより一層)、もうちょい帰省(わりと近くはある)しようかなあとふと思いました。

クリープハイプといえばミホワタナベが度々ブログ等で触れていたり、こにしも初回ブログで書いているなど結構登場頻度高い気がするので、音楽としても作家としてもちょっと範囲広げて掘り下げてみます。

『春のこわいもの』:川上未映子

こちらも短編集。『母影』も分量的には中編くらいの感覚だったので、読書という営為の取っ掛かりに取り組みやすいボリューム感のものを選んだのかなあとか考えています。ただ、中編や短編だからといって中身が軽いかと言ったらそうではないわけで。

川上未映子作品もまたあまり掘り下げられてはいないものの、『乳と卵』『わたくし率 イン 歯ー、または世界』あたりが有名なことを知っているくらいの知識。本作はコロナ禍初期を舞台とした6編であり、各編における「こわいもの」が川上未映子の文体・視点・描写で記されているものでした。
それこそ2023年初頭、流行しだしてから3年はゆうに経過した現在の我々ですけど、初期の「これから世界はどうなってしまうのか」という感覚はずっと身体に残っていますし、今だって流行はしているけれども、この時期に感じていた絶望感や虚無感は人類史でも類を見ない状況だったと思います。そうした時期の描写を創作で描く点については、上記の『母影』に関連して触れた映画『ちょっと思い出しただけ』だったり『ケイコ 目を澄ませて』だったりと、描写されこそすれども、作品の主題または大きな柱としては置かれていないという印象が強いです。映画は時代性の反映であると同時に普遍性を持つものだと思っているし、その点ではあらゆる創作もそうか、、。
本作に話を戻すと、流行病をきっかけに疎遠になった人間関係、修復したいのにもう姿を見つけられないあのひと、みたいな題材が「こわいもの」の主要因でないこそすれ、「否応なく動いていく世界」としての役割を担っていたように感じます。あるいは「もう元に戻らない」という感覚というか。そうした視点も含めて個人的に6編の中でも好きだったのは以下です。

あと、本作はAmazonオーディオブック Audibleで岸井ゆきのさんの朗読でも配信されているらしい。

・あなたの鼻がもう少し高ければ
題材が川上未映子作品という感じがする(イメージ)。インターネットを見渡せばモエシャンみたいな人は普通に存在しているよな、と思ったりしました。主人公のトヨはそんな存在に憧れるけれど、という話だけれど、そこで出会うマリリンとの出会い、夏に飲み慣れないビールを3杯も飲んでほぼ初対面の人に対して昔話を始める、みたいな展開が逆に現実味があって好き(別に必ずしもリアリティ=良いというわけではないのだが)。自分の顔って相手からしか見えてないもんな、、。

・ブルー・インク
爽やかなタイトルとは裏腹にずっと暗室に閉じ込められてしまったかのような閉塞感と絶望感、そしてどうしようもない怒りとその直後に訪れる虚無感。夜の学校に忍び込むという題材やそのきっかけは青くて瑞々しいのに、どうしてこうなってしまったのかなあ、というものが残り続ける。「僕」の怒りの内面描写が仔細ながら論理飛躍でもあり、そのおかしみと怖さが共存していた感触があります。「彼女」が書いた手紙、それは「書いてしまうと、残ってしまうから」と言っていたような「彼女」からもらったものであり、「彼女」がどんな想いを込めたのか、いまでは知る由もない、という。

・娘について
本作の中ではいちばんボリュームが大きかった1編。よしえ(主人公)と見砂、その母(ネコさん)を中心に展開される。身近にいる人だからこそ比較してしまった時に自身のコンプレックスが目に入ったり、みたいな経験はある。よしえと見砂の関係性が20年経って久しぶりにかかってきた電話でこうも変化してしまったのか、という諦めにも似た感情が最終節で滲みました。

おわりに

 3本とも面白かったです。読書感想文のnoteになるわけですけど、自身では手に取らなさそうだった作家陣の作品にこうして触れられる機会になったのは有り難いので今後も継続していこうかなと。

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