ぼくの日常のエッセイ(違う顔とぼくと)

 ちまたで流行している、顔を加工できるアプリ。ぼくはそれを世間に流されるままに手遊ぶ。どうやら写真を選んでボタンを押せば、自分の顔を自由に編集できるらしい。


 絶世の美女になれるなどとは思っていないものの、人間どこか期待してしまうものである。

 自分好みの顔に他ならぬ自分自身が変わってしまったのなら、いったい全体ぼくはどんな心情でこれから鏡に映る自分と接していけばいいのか。

 …などと妄想するだけタダである。

 結果など一番つまらぬもので、画面にはなんの変哲もない、美醜の秤にかけても天秤の方が困りそうな容姿が写っていた。



 なんとはなしに足りぬ気持ちになって、試しに幾らか手持ちの写真に同様の手を加えてみる。友人には本当に申し訳ないことをしていると思う。

 本当につまらぬもので、美は美、醜は醜、と性別が変わっても、それを飾る言葉に差異などなかった。

 こんな調子なのだから世間一般に認められた美しい顔ならどうなるか、など想像に難くない。読み切れてしまう数手先を脳裏に描きながら、ネットの海から適当に釣り上げた、いまをときめく女優の顔写真をアプリに通す。

 手を加えようとも変わらぬ輝きの整った顔立ちを見て、知らず知らずに嘆息した。
 ぼくは静かに目を閉じて。

 気がつくと暗いディスプレイが静かに机に横たわっていた。

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