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ウィーン1973年ニコンSP とソ連製レンズを使っていた9/13(月)

1973年の5月からオーストリアウィーンに住みだして最初はカラーフィルムコダクロームで撮影をしたのである。それもコダクロームが3ヶ月位で全部使い切ってしまってその1連の仕事は翌年1974年1月号のカメラ毎日に掲載したのである。これは8ページほどであったがなかなか山岸さんがいい感じに選んでくださって気に入ったものであった。そこでトラブルが発生したのは、8ページ物の中の1ページに革命家の肖像と言うようなタイトルの街中に置かれているポスターのコラージュがあってそこには当時国交が樹立するかしないかの微妙なところの毛沢東が写っているその脇にアドルフヒトラーとか危ない連中が並んでいたのでこれは毎日新聞社の社内行動でアウトになった。

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