失う記憶の裏側
気がつくと、真っ白な空間に寝ていた。
お、俺は死んだのか…?
よくあるフィクションで見る死後の世界はだいたいこんな感じだ。
どうしよう、俺はまだ26だぞ。
社会人3年目の冬、仕事もやりたいことがやれるようになってきた。
結婚したかったし子供だって欲しかった。
今は彼女いないけどもちょうど先輩の前橋さんといい感じだったところなのに。
クソー、なんでだよ俺、なんで死んだんだよ。
ガチャ。
『お、今日は人おるやんけ』
真っ白な空間だと思ってたところがパカっと開いた。
声にびっくりしてその空間を見ると、これまた真っ白なスーツを着た金髪の男が出てきた。
「あ、あの、俺って死んだんですか…!?」
『いや、死んでへんよ〜。ここに来る人みーんな最初それ言うんよなぁ、今度はデザイン変えるかぁ」
死んでない…?
金髪男が言うには俺はまだ生きてるらしい。
ほっとすると同時に、こちらに金髪男が近付いてくるので後退りをする。
『あんな、ここは理性部屋ってとこやねん。
人間の理性が体からぽんっと飛び出たときにたまたま入れる部屋やねんけど、お兄ちゃんは今日なにしてたん?』
俺の目の前で立ち止まった金髪男は、膝に手をつき、笑顔で俺を上から覗き込んだ。
「今日は…会社の忘年会でした」
『お、ちゅうことは、しこたま酒飲んだんやろ〜?』
確かに言われてみれば最初から空きっ腹にビールをがんがん流し込んだ記憶がある。
俺がいる部署には3年間新卒社員が入ってこなかったので、未だに俺が1番下っ端だ。
だから上司に酒を勧められると毎回断れないのだ。
「…え、待って、今何時ですか!?
まだ忘年会終わってないんじゃ…?」
『ん〜と、今は夜の11時やな』
「最ッ悪……」
今日の忘年会は前橋さんの隣だったのだ。
忘年会が終わったら2人で飲み直す誘いをしようと思っていたのに…。
『項垂れてるとこ悪いけどお兄ちゃん、今のあんたがなにしとんのかテレビで観れんねん。見る?』
金髪男が指差す方にはぽつんとテレビが置いてあった。
真っ白な空間にテレビがひとつ。
さっきまで気付かなかった。
「見ます見ます見ます!う、んーでも見たくない気もするなぁ…」
『どっちやねん(笑) ちな、リモコンの電源入れたら観れるで』
ほいっとリモコンを手渡された。
テレビのリモコンと違って電源ボタンしかない。
自分が今『理性部屋』というところにいるってことは忘年会にいる自分は理性がないってことだろう。
そんな自分は見たくないvsよく分からん金髪男と2人ですることもない。
てか誰だよコイツ…。
1分ほど悩んだ末、結局観ることにした。
ポチッ…ブイーーン……。
パッ。
画面は付いたがカメラのピントが合っておらずよく見えない。
繁華街のガヤガヤ音が聞こえて来るのでたぶん外なんだろう。
ドアを開ける音が聞こえると、ギュイーンとピントが合い始めた。
「いや〜今年もね、みなさんよく頑張りましたよ」
これは部長の声だな?
ということは、恒例の一本締めがあるようだ。
「「ヨォ〜〜ッ!」」 パンッ!!!
ありがとうございましたぁ〜という声の中に自分の声もあった。
改めて自分の声を聞くと変な感じがする。
「堤くん!」
これは…前橋さんの声!!!!
「「前橋さん…!!」」
画面の中の俺と同時に俺も叫ぶ。
『お、なんやなんや、この姉ちゃんがスキなんか』
「そうなんす、前橋さんっていうんですけど最近いい感じなんすよ〜」
気が付くと金髪男も俺の隣に座って画面を見ていた。
『この姉ちゃん、どっかで見たことあるんよなぁ…』
金髪男が顎に手を当て、ステレオタイプの悩み方をしている。
「もしかして前橋さんもここに来たことあるんじゃないすか?」
『ん?んーー…そうかもしれんなぁ…。でもどこにでもいそうな顔やん?』
俺の前橋さんにそんなことを言う金髪男を睨みつつ、また画面に目を戻した。
「このあと、2人で飲み直さない?部長の前だとあんまり飲めなくてさぁ」
「行きましょう!!忘年会なんですしぃ、気が済むまで飲んじゃいましょうよぉ」
うわ〜俺だいぶ酔っぱらってんなぁ…。
そりゃ理性部屋なんてとこにも来るわけだわ。
画面の中の俺が前橋さんと2人で次のバーに向かう途中、金髪男がガバッと立ち上がった。
『思い出したわ!!!!この女、ちょっと前にボロクソやけ酒してここに来たやつや!!』
「えぇ?あの前橋さんが?」
前橋さんは綺麗な清楚系美人だが、かなりの酒好きで有名なのだ。
会社の飲み会ではいつもけろっとした顔で帰るので、持ち帰ろうと目論んでいた先輩達は皆潰れていることがほとんどだった。
『いや〜こいつは中々のもんやったぞ。俺が覚えてるんも納得なぐらいやで』
金髪男と話していたら、いつの間にか画面の中の俺たちはバーで飲み始めていた。
「すみません、ちょっとお手洗いに…」
おいおい、お店に着いて早々トイレはないだろ俺!
「はぁ〜い、いってらっしゃい」
そんな不甲斐ない俺にも優しい前橋さんが輝いて見える。
ちゃんとトイレに行くところを見送ってくれるあたり優しい……あれ?
画面の中の俺がトイレに入ったところを確認すると、前橋さんは俺のカバンを漁り始めた。
「それ俺の財布!!!!!!!!」
前橋さんは俺の財布からカードを取り出し、読み取り機みたいなものに差し込んだ。
「え、ちょ、これなんなんすか!?」
『だから言うたやないの、こいつは中々のもんやでって』
画面の中の俺がトイレから帰ってくる頃には全てが終わっていた。
読み取り機らしきものも、俺の財布も元の場所に仕舞われ、俺たちは2人で酒を選び始めた。
『こいつはな、ぶっちゃけ言うとホス狂やねん』
「ホス狂…?あの前橋さんが?」
『そや、こいつはホストに貢ぎまくってお金足らんなったからこうやって男引っ掛けてカード情報抜き取ってるやつや。
この前この部屋来たときは確か、こいつが貢いでるホストにもっと貢げぇ言われて泣きながら酒飲んでたな』
画面の中の前橋さんは俺に向かって笑っていた。
見てられない。
そう思い、テレビの電源を切った。
『ここで終わってええんか?』
「そんな話聞いたらもう観れるわけないじゃないすか…。明日から前橋さんにどう接していったら…」
『あ、言うてなかったっけ?ここでの記憶は全部消えるんやで』
「え…?き、聞いてないっすよ!!!」
『だって酒飲んで記憶飛ばしてる“裏側”やねんで、ここ。次の日起きたとき記憶ないやろ?』
愕然としてる俺をよそに金髪男は立ち上がった。
『そろそろ時間ちゃうかな?まあまた会えるとええな、お兄ちゃん』
「え?時間?なんの時間すか?」
『ほな、またな』
そう言ってにぃっと笑った金髪男の顔を最後に、目の前が暗くなった。
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目覚ましの音が聞こえる。
今日は休みのはずだ。アラームを消せばよかった。
iPhoneを手に取ろうと頭を上げるとズシンと重力を感じる。
昨日は相当飲んだ。
途中から記憶がない。
画面を表示すると、LINEが2件とメールが1件届いている。
LINEは前橋さんからだ。
『昨日はありがとう!
また2人で飲めたら嬉しいなぁ♡』
記憶にないのが惜しくて仕方ないが、俺は忘年会の後に前橋さんと飲みに行ったらしい。
メールを開くと、見覚えのない2万円の請求がきていた。
昨日カードで払ったのかな…。
そんなことを考えながら再び目を閉じた。
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