番外編:バレンタイン小話
小春日和の麗らかな日差しが、静かな午後を、温かく色付かせる。
色とりどりの草花に彩られた裏庭は、和やかな歓楽の声に満ちていた。
「あら、今日のおやつはチョコレートなのね!」
ルシアは、甘くスモーキーなミルクティーを一口啜ると、テーブルに供されたプレートを見て声を弾ませた。
白亜の舞台に、一口サイズのショコラが、誇らしげに並んでいる。貴婦人のドレスのように細やかな装飾の施されたショコラに、ひとつとして、同じ物はない。
「僭越ながら、私が作らせて頂きました。東の方では、バレンタインにチョコレートを送ると耳にしたもので。」
サミュエルは、胸に手を当てると、すこし照れくさそうに微笑んだ。
「ありがとう、サミュエル。」
ルシアは、礼を述べると、早速ひとつ摘まみあげた。
ダークチョコレートの上に、細かな白いレース模様が描かれている。
一口囓れば、軽い歯触りのショコラから、とろりとしたガナッシュが、口の中に広がった。芳しいナッツの香りが、深みのあるチョコレートと、舌の上でワルツを踊っている。
「美味しいわ。何個でも食べられちゃいそう。本当に、サミュエルは料理が上手ね。」
ルシアは、思わず口元を綻ばせた。
味といい、装飾といい、本職のパティシエに、勝るとも劣らない。
数あるスイーツの中でも、チョコレートが一番好きだ。各地から、取り寄せることも多い。名店の味など、それこそ知り尽くしている。
そんな自分でも、このチョコレートは、特別美味しく感じられた。サミュエルが、わざわざ自分のために作ってくれたからだろうか。
「恐悦至極です。」
サミュエルは、嬉しげに頬を緩めると、深く頭を垂れた。
「兄様の料理、どれも美味しいんですよ。」
「エドワードが羨ましいわ。いつも食べられるんでしょう?」
まるで自分が褒められたかのように目を輝かせるエドワードに、ルシアは、わざとらしく頬を膨らませてみせた。
「まあ、今は休日と、食事当番の時だけですが。」
子供っぽいルシアの仕草に、サミュエルは、くすりとちいさな笑い声を零す。
「わたくしも、たまにサミュエルが差し入れてくれるお菓子、好きよ。」
ルシアは、チョコレートをもうひとつ口に含んだ。
甘くてほろ苦いチョコレートの馨りが、胸いっぱいに広がる。
このまま、温かな想いに、酔ってしまいそうだ。
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