「色気」について考える 其ノ二 忍ぶれど‥‥‥
みなさん、こんにちは。
銀座 蔦屋書店で日本文化の担当をしている佐藤昇一です。
このnoteは、20年近く歌舞伎の舞台に立っていた、変わった経歴の本屋さんが書いています。めずらしいものをみつけたと思って、お付き合いいただけるとうれしいです。
前回までのまとめ
今回のお話は、自己紹介のつもりが「色気」について考えることになった話 ②の続きにあたります。
歌舞伎の世界から足を洗って少し経った頃(本屋さんになるもっと前)、美容師さん向けの媒体「cocoa paper」で「色気について」というお題で連載をはじめることに。
それから「cocoa paper」が休刊するまで1年間数か月、5回にわたって「色気」について考え続けました。その第2回目の記事を掲載します。お題は「忍ぶれど‥‥‥」です。さて、どのような「色気」について語っているのでしょうか?
其ノ二 忍ぶれど‥‥‥
前回よリ「色気」をテーマにコラムを連載させていただくことになり、その正体について思いを巡らせていたところ、意外なところでヒントに出会いました。休日に7歳の息子を連れて訪れた映画館、そこで流れたアニメ「名探偵コナン」予告編中で、物語の謎を解くカギとして、ある百人一首の和歌が詠まれていました。
忍ぶれど 芭にいてにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで
ぼくは自分の思いを じっと胸に秘め隠してきたが おのずと顔や雰囲気に出たのか 「君は恋しているんじゃないか 物思わしげにみえるよ」と 人にたずねられるほどに なってしまった 「田辺聖子の小倉百人一首」よリ
平兼盛が詠んだこの句には、「色気」の正体を知るための手がかりがあります。キーワードは、「忍ぶ」という言葉。「じっと胸に秘め隠す」からこそ、心の内にある想いがつのり、思わず外ににじみ出る……。
うなじと裏地
同じことが「色気」にも言えます。たとえば、女性の「うなじ」。普段下ろしている髪を上げた時にのぞく首すじは、何とも「色気」をたたえています。この美的感覚は江戸時代にもあって、着物のえりを抜く習慣が残っているのがその証拠です。
あとファッションでは、「裏地」にも似た感覚があります。本来見せるはずのないジャケットやコートの裏地に、鮮やかな色や柄をつかう。着物であれば、たとえば歩くたびにちらりと見える裾の「裏地」には、江戸文化の「粋」にも通じる「隠す」美意識を感じます。
あえて花を隠す
あえて「隠す」ことの大切さを説いた言葉が、江戸よリさらに昔、室町時代の演劇「能楽」の理論書「風姿花伝」にも見ることができます。
秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず
ここで言う「花」は、見ているものの感動を呼び起こす魅力や面白さ、珍しさのこと。観衆にはその「花」の正体が何であるかわからないからこそ、予期せぬ感勤を与えることができるのだと、能楽の大成者である世阿弥は書いています。さらにその続きの部分では、隠している内容はたいしたことではない、「隠す」ことそのものに効果があるのだ、とまで語っているのです。
相手の心のうちにある感情を呼び起こす。そういう意味では「色気」とこの「花」はとても近しい間柄です。「隠す」という仕掛けが「花」をよリ美しくするのなら、「色気」もまたしかり。「隠す」ということは、「色気」を感じさせるためのトリック、つまリ「色仕掛け」なのかもしれませんね。
コラムは以上です。
「色気について考える ハレの日の色気」に続く
さて、次回も「cocoa paper」での連載記事を掲載します。お題は「ハレの日の色気」。このテーマは、自分の中にはアイディアとしてあったものの、言葉にするのがとても難しかった覚えがあります。お時間があるときに、のぞいてみてくださいね。