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#33 細菌種よりも細かな分類。種内多様性について考える。

現役の腸内細菌研究者がお届けする、腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。

本日は、腸内細菌や腸内環境についての具体的な研究ではなく、細菌の分類がどのように行われ、多様性がどのように生じるのか、ということについてお話します。細菌の世界を覗いてみると、細菌間で遺伝情報が活発に移動しており、コミュニケーションが行われていることが分かってきます。

この内容は、ポッドキャストでもお楽しみ頂けます。

https://open.spotify.com/episode/4gfxF57q0UwOK6mMN29x6d

生物の分類

生物は、もれなく分類することができます。分類は、広い区分から界、門、綱、目、科、属、種という分類階級が存在しています。例えば、私達ヒトの分類を見てみましょう。

  • 界 : 動物界

  • 門 : 脊索動物門

  • 綱 : 哺乳綱

  • 目 : サル目

  • 科 : ヒト科

  • 属:ヒト属

  • 種 : サピエンス種

私達は、動物(界)の中でも脊椎動物に属し(門)、哺乳類であり(鋼)、サルのなかでも(目)ヒト科、ヒト属のサピエンス種である、ということです。これは、植物についても細菌についても同様の分類が可能です。

今回のテーマは、種内多様性です。ヒトに例えるとサピエンス種の中での多様性であり、分かりやすいのは目や肌の色、体質などに相当します。

細菌の写真を眺めていても、没個性に思えるかもしれません。多くが球や棒の形をしている、という情報くらいしか視覚的にはわからないからです。しかし、細菌の中には細菌固有の遺伝情報が詰まっており、それに応じて異なる代謝をしています。つまり、細菌にも体質があるのです。

種以下の分類としては、亜種(Subspecies)、株(Strain)が存在します。大腸菌のO157やカゼイ菌のシロタ株などは、いずれも株に含まれます。

細菌の研究と培養による分類の限界

細菌の種に関する分類は、培養に依存していました。つまり、培養を何度も行った時、単一に分離される遺伝的な性質が同じ集団を種として扱っていたのです。しかし、培養に基づく分類法は、限界があることが分かりました。

それは、ほとんどの細菌が培養できない点です。多くの細菌の生存には、環境内のニッチと呼ばれる、生態学的にみて固有な区域が必要なのです。具体的には、土の化学的組成や温度、湿度、照度、酸素の有無や天敵の存在が全て一致するような環境は、他には存在せず、細菌はそんなユニークな場所に適応して生存しているので、別の環境に移したところで生きては行けないのです。

しかし、培養できない細菌を分類したいというニーズは依然としてあります。生態系のピラミッドはどのように形作られているのか、宿主と細菌はどのように相互作用をしているのか、ということを考える上で細菌の正体を知ることは重要項目だからです。

そこで、近年は全ての生物が持つ遺伝情報を記録した物質、DNA(デオキシリボ核酸)に着目した分類法が主流となっています。DNAは塩基と呼ばれる物質が連なってできる物質なので、塩基の並び=塩基配列自体がその生物のアイデンティティであり、塩基配列を比較することで生物を分類できるのです。この方法が優れている点は、培養を必要としない点です。生物さえ存在すれば、DNAを細胞から抽出するだけで解析を行うことが可能です。

種内での多様性はどのように生じるか

DNAは正式には、DeoxyriboNucleic Acid、デオキシリボ核酸という分子です。したがって、紫外線や化学反応の影響を受けて変化します。これが、多様性を生む要因である突然変異です。突然変異が生命維持に必要な塩基配列に対して蓄積すると、生命を維持するのに必要な機能が損なわれ、やがて死に至ります。一方、突然変異が生命維持には必要でない塩基配列に対して蓄積すると、生命維持機能は損なわれません。これが、多様性を生む要因です。

突然変異以外にも、水平伝播と呼ばれる遺伝子の細菌間や細菌-ウイルス間の移動によっても、多様性が生じます。例えば、細菌はプラスミドという遺伝情報伝達物質を有しており、これの交換によって遺伝子機能が移動することで多様性が生じます。また、細菌に感染するバクテリオファージは、自身の遺伝情報を細菌に溶け込ませることで、細菌の増殖と共に増えることが知られています。この際、細菌に対して塩基配列が追加されることになるので、多様性が生まれる要因になるのです。

水平伝播は疫学的にも重要な課題で、2011年にドイツにて、Clostridioides difficile菌の毒素遺伝子が水平伝搬することで、54名が死亡しています。

他にも遺伝情報の多様化には様々な経路があることを付け加えておきます。例えば、環境からの選択圧は世代間を通して細菌の多様性を増やし、あるいは減らす要因になります。また、相同組み換え(Homologous Recombination)も、多様性を減らす方向に働く、遺伝情報の修復機構と言えます。

重要なのは、腸内では細菌の遺伝情報に関する多様性の変化が常に起こっている点にあります。もちろん、外部から何らかの形で細菌が定着し、腸内細菌叢、つまり細菌集団としての多様性が増加することとは別問題です。腸内にすでに存在する細菌同士や細菌-ウイルス間でも、互いに遺伝情報のやり取りが行われているのです。

腸内細菌によって形作られる腸内環境は、思ったよりも動的で、変化に富んだ環境ではないでしょうか?遺伝情報の流れという観点から、腸内環境を見る視点が変化していたら嬉しいです。

わからないこと、難しいこと、紹介してほしいことがあれば、TwitterやInstagram、Noteコメント欄にてメッセージお待ちしております。

それでは、本日も一日、お疲れさまでした。

参考文献

Van Rossum, T., Ferretti, P., Maistrenko, O.M. et al. Diversity within species: interpreting strains in microbiomes. Nat Rev Microbiol 18, 491–506 (2020). https://doi.org/10.1038/s41579-020-0368-1

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