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「オースティンの小説ほど面白いものはないが、オースティンの小説のあらすじと解説ほどつまらないものはないと、オースティンの愛読者は大かれ少なかれ思っているのではないだろうか。」

膝を打つとはまさにこのこと。
さすがオースティンの作品を翻訳された、中野先生のお言葉である。


中野康司著『ジェイン・オースティンの言葉』(筑摩書房、2012)

いつ頃買ったのだろう、とおもったら、古本屋のタグが入っていたので意外と最近かもしれない。
出だしが何よりも「それな」だったので、思わず読み込んでしまった。

わたしの愛するイギリス人作家であるジェイン・オースティンは、6つの長編小説を書いている。
どれも恋愛小説で、主人公は最後に結婚する。
田舎の中流階級の家族についてを書いていて、パターンは様々だが、どの話もいわゆる「恋愛小説の王道」の筋をついてくる。

第一印象最悪の男女。
歳の差幼馴染。
一度別れた婚約者同士。
婚約者のいる男と、それを知らない女。
大地主の息子と真面目な養女。
都会の善良な男と、お上りさんの田舎娘。

どれも「ああ。」というほど王道である。
だけどおもしろいんだなあ、これが。

ほとんどはBBCかiTV(どちらもイギリスの放送局)によってドラマ化されているので、文字を読むのが面倒なひとは映像でお楽しみいただきたい。
ただし、映像で楽しめるのは原作の7割程度までである。
(7割でもおもしろさを伝えられるあたり、イギリスによる有名イギリス小説の映像化は気合が違うともいう。)
やはり真髄は、オースティンの書く地の文だ。

軽快にして人間の観察眼が鋭く、皮肉たっぷりなのに登場人物に対する温かい愛情が感じられる。
昔は「いるいる、こういうウザい人」と笑っていた人物が、いつのまにやら「こうならないように気をつけないとな」という人物になっていたりする。
それだけわたしも成長したのか、と安心していいのやら、心配すればいいのやら。

とにかく、オースティンの人間観察力は大層鋭く、人間がけっして一面的ではないことも、一貫した言動をとる訳ではないことも、矛盾を多く抱えていることも、すべて文章に落とし込んで、そして登場人物を描き切ってしまう。
そしてその矛盾を笑い飛ばし、からかい、愛おしくしてしまうのだ。

こればっかりは、読まないとわからない。

ひとつ難しい点があるとすれば、オースティンが18世紀末の作家という点だ。
男女の距離感や家族関係が、現代とはかけ離れている。
この時代の常識を知ってこそ、「くぅ〜〜〜!」となるシーンがたくさんあるのだ。
が、初めはそんなこと気にしなくてもいい。
気にしなくても十分に楽しめる。

かくいうわたしは、正直なところこの時代の風習はすべてオースティン作品から得ている。
何度も見るうちに、読むうちに、「ほうほう、なるほどこういう縛りがあるのか。ということはあのシーンは…… ひゃ〜〜〜」となってくる。
すごい。
すごすぎる。

ちなみにわたしの一番好きな場面は、言うまでもなくダーシー氏の1回目のプロポーズと翌朝手紙を渡すところですが、もうひとつあげるなら、キャプテン・ウェントワースがアンをじっと見つめながら手紙をデスクの上に置いて無言で去るシーンです。
たまらん。
この良さを誰か一緒に噛みしめて。
(この「手紙」の良さは、映像では表現しきれない。)

ところでこの本自体は、オースティンの小説のいわゆる「名台詞」から「名文」、あるいは「ひねくれた良文」を引用して、その背景と面白さを簡単に説明しているのだが、中野氏がまえがきに書いているように、 

 オースティンの小説は、恋愛小説あるいは結婚小説、というより、結婚を前提とした恋愛小説として素晴らしい。そして平凡な日常生活から生まれる笑いの文学としてすばらしい…… 
 しかし、恋愛小説に解説は不要だろうし、皮肉とユーモアの解説は、ジョークの解説と同様興醒めである。(p.7-8)

本をパラパラと読み返しながら、この言葉を噛み締めた。
あまりにもその通り。
ひとつひとつの文を読むにつけ、「あーーーちゃんと読みたい!」という気持ちが湧き上がってくる。
読みたい。
久しぶりに読みたい。
ちなみに、翻訳にうるさい私ですが、日本語訳ではちくま文庫の中野氏の翻訳を贔屓しています。
言葉が古すぎることもなく、かといってきちんとした生真面目な紳士の語る言葉としては軽々しすぎず、ちょうどいい塩梅に思えるからです。
(新しい翻訳ほど、「ダーシー氏はそんなこと言わない……」の気持ちになるので……)
まあ、自分の読みやすい翻訳を選べるのも、古い作品ならではですけどね。
『高慢と偏見』に関して言えば、翻訳よりもオーディオブックと原書を併用するのが一番好きですが。

とりあえずちょっとでもオースティン作品が気になった人、アマプラにある映像版のリンクは貼っておくので、こちらをご覧ください。
BBC版をぜひよろしくお願いします。
BBC版、あるいはiTV版です。
よろしくお願いします。




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