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死は生へとかわるのか、『昭和元禄落語心中』

『昭和元禄落語心中』という漫画をアマプラでダウンロードしまして、1〜3巻を一気読みしました。

とても気に入ったので、これから残りの巻を買う予定です。

今回は、『昭和元禄落語心中』のファンになって24時間未満のわたしが半日必死に考えた、「この作品のなにが刺さったのか」をお送りします。


落語。

わたしはこれまでの人生で、一度も落語を聞いたことがありません。
それだけでなく、落語にはとりたてて興味がありません。

ではなぜこの漫画を選んだのかというと、数年前にアニメ化で話題になってタイトルを知っていたからです。
「CV石田彰がやばい」という感想も後押しになりました。
無料でなければ手に取らなかったと思うので、アマプラに感謝です。

興味のない題材でも一気に引き込まれたのは、登場人物に惹かれたからです。
まずは1巻で出てくるメインの4人をご覧ください。

与太郎:
刑務所で聞いた落語が忘れられなくて、出所してすぐに落語家八雲に弟子入りしに行った。
一途なおバカ。
典型的なワンコ系主人公。

八雲:
昭和最後の大名人。
一人称「アタシ」の塩辛紳士おじさん。
腹に一物ありそうな雰囲気は、納得のCV石田彰。
気まぐれで与太郎を弟子にした。

松田さん:
八雲の付き人。
場の緩衝材になるおじいちゃん。

小夏:
八雲の兄弟弟子助六の娘。
両親が死んで八雲に世話になっているが、八雲のことが大嫌い。
父ちゃんLOVEのツンツンアネキ。


鉄板の、明るいおバカ(訳あり)とひねくれエリートの組み合わせが目を引きます。
物語は与太郎と八雲の師弟を中心に進みますが、この主人公・与太郎の描かれ方が、際立っていると思うのですよ。

彼は物語の冒頭で「ないもの」から「あるもの」になります。
与太郎にとって、これは死と生の物語ではないかと思うのです。

はじめに読者は「出所した身寄りのない青年」が、落語の寄席に行って名人に弟子入り志願する姿を見ます。
いかにも頭が空っぽそうな、でも底抜けに人がよさそうな、明るいおバカな青年。
家族や家やお金どころか、彼には名前もありません。

彼には、刑務所で自分を変えた落語との出会いに、すべてをかけています。
ただ一途に、「今まで会った一番偉い人に付いていく。それがあんただ」と言って、てこでも動こうとしません。

その姿に心を打たれたのか、それとも気まぐれか、弟子はとらないはずの八雲が、彼を
「与太郎」
と呼んで、彼の人生を引き受けるのです。

名前のないものに名前を与えること。
呼ばれた名前を受け入れること。

青年は、それまでの名前も存在もすべて失って、存在しないものとなっていました。
それが「与太郎」という名前によって八雲と絆を結び、新たな存在としてこの世に生を受けたのです。

そこから彼は、「与太郎」として生きていきます。

生まれたばかりの与太郎は、八雲に衣食住の世話をしてもらって、ニコニコしています。
親を覚えたてのひよこのように後について回り、八雲に声をかけられれば嬉しくて仕方がない。

しかし次第に、お世話をされる赤ん坊期が過ぎて、自我を持った人間へと成長していきます。
きちんと落語を習いたい、師匠の芸を受け継ぎたい、という意思。
自分の落語とはなにか、と悩み葛藤する姿。

明るいおバカというキャラ付けでありながら、彼は飼い主の言いなりになるワンコではないのです。
調子にのって失敗し、芸事の世界の常識を知らずに師匠に恥をかかせ、自分らしさを模索して師匠の指導に反したことをします。

それでも、「自分が付いていくのは師匠だけだ」と決して離れようとしないのです。
ついでにいうと、師匠は自分を捨てたりしない、という根拠のない自信があるのです。

バカだなあ
しょうがないなあ
かわいいやつだなあ

彼の底抜けに明るい性格にほっこりしつつも、落語に対する情熱に憧れ、迷い葛藤して失敗する姿に共感してしまいます。


一方で、そんな与太郎を拾った八雲も、はじめての子育てに四苦八苦しています。
与太郎との関係を通して、この毒舌エリートが実は努力型の秀才であることや、何やら過去を背負っていること、孤独であることが、次第に分かってきます。

八雲が背負うのは、兄弟弟子助六の死。
彼は与太郎を通して助六を見ているのか、それとも小夏を通して見ているのか。
八雲の抱えた「死」が、これからどう「再生」へとつながっていくのか、4巻以降を読むのが楽しみです。

与太郎と八雲の死と生の物語は、死にかけた娯楽である落語に、生を与えるのでしょうか。


この記事を書くので念のため八雲師匠がCV石田なのを確認しにいったら、ほかの声優さんもそうそうたるメンバーでした。
アニメもみようと思います。

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