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「くるべきものがきた。おれたちは今から戦う。」

#岩波少年文庫70冊チャレンジ #12冊目

斎藤 惇夫 著 『冒険者たち – ガンバと15ひきの仲間』(岩波少年文庫, 2020, 1990)[1972]

♪ガンバ、ガンバ、ガンバと仲間たち♪
というオープニングソングを覚えています。小さいときにBSで再放送していた、「ガンバの冒険」というアニメを見ていました。恐ろしい白いイタチと戦っていることと、尻尾が短い仲間がいることと、サイコロをちゃらちゃらしている仲間がいること、そのくらいの記憶しかありません。
ようやく原作を読めました。イタチは怖かったです。


斎藤 惇夫氏について

1940年生まれでご存命の作家です。
立教大で法律を専攻、児童書で有名な福音館書店の編集部に長く勤めました。
作品はこの『グリックの冒険』『冒険者たち』『ガンバとカワウソの冒険』の三部作のみですが、今でも人気の高い作品です。

小さきものの生き抜く姿

こんなに良質な冒険物語だとは、思ってもみませんでした。
他作品を引き合いに出すのもあれだなあと思うのですが、方向性としては、『ホビットの冒険』や『指輪物語』と同質の冒険譚です。
ということは、とても正統派で、硬派で、読み応えがある、ということです。

わたしがどのあたりにビルボを感じ、メリーとピピンを感じ、サムを感じ、フロドを感じたか、それは作品を読んでもらうこととして、これは間違いなく、小さいものたちの物語です。
小さいものたちが小さいなりにがんばって、小さいなりの意地を通そうとする物語です。

ガンバはそもそも、冒険心も野心もない、ただの街ネズミです。
自分の住まいに満足して、日々の生活に満足して、日々なんとなく「大きなこと」を考えているような気になって満足している、面白味のないやつです。
その点、ガンバに海を見に行こうと誘うマンプクのほうが、よっぽど冒険心にあふれています。

そのガンバが、イタチに故郷を襲われて助けを求めにきた、島ネズミの忠太の心意気に、うっかり共感してしまいます。周りには、冒険になれた船乗りネズミや港ネズミがわんさかといて、きっと彼らが忠太を助けてやるんだろうと、ガンバはどこか他人事のように思うのです。
ところが、忠太の島を襲ったのが、おそろしいノロイの一族だと知って、見識のあるネズミたちは一様に尻込みします。
無知で口先だけのガンバは、忠太のことを哀れと思って、うっかり「おれが一緒に行く」と言ってしまうのです。そしてガンバはすぐに、その言葉を後悔します。
ガンバには、冒険や戦いの経験がありません。せめてできることは、忠太を島に送り届けて、一緒にイタチに殺されてやるくらいです。
そんなお先真っ暗な展望をもって、ガンバは船に乗り込みます。

そして船の中で、ガンバの無謀な勇気に心を打たれたネズミたちと、仲間になります。

この物語が丁寧に描くのは、ネズミたちがどうにか生き延びようともがく、その姿です。
仲間の中には、勝負師のイカサマや頭のいいガクシャ、俊敏なイダテンなど、冒険のかなめになるものたちがいます。一方で、どうしても仲間の足を引っ張ってしまう、年寄りのオイボレやのんびり屋のボーボ、食いしん坊のマンプクのほか、歌や踊りが得意なだけのネズミもいます。せっかちなイカサマなどは、オイボレやボーボだけでなく、熟考を重ねるガクシャにさえ、イライラとした態度を隠しません。
それでいて、ネズミたちは頼れるものがお互いのみだということも、よくわかっています。
遅れがちなオイボレやボーボを気にかけているのは、結局イカサマやイダテンのようなすばしっこい連中で、かれらは文句を言いながらも、仲間を決して見捨てません。

イタチとの戦いになって、旅には不向きだった彼らの能力が脚光を浴びるのですが、このイタチとの戦いが、もうロマンの塊です。
思うに、戦いの叙情性が、冒険譚の良し悪しを決めるのではないでしょうか。

このノロイという名の白イタチは、美しさと妖しさにかけて、右に出るものはなかなかいないほどの敵役です。
ネズミに対してイタチという、生物としての圧倒的な力の差があるにもかかわらず、ノロイの恐ろしさとは、その名前が示す通り、呪術的な、妖しげな恐ろしさです。
多くの部下を引き連れたノロイは、見るも明らかな戦力差でネズミを襲うのではなく、美しい言葉と姿、そしておいしい食べ物で、ネズミを誘惑しようとします。

おいで おいで
こっちにおいで

と歌で誘うノロイの禍々しさは、暴力以上の恐怖をもって迫ってきます。

それに対抗するのはシジンの言葉であり、バスとテノールの歌声です。甘く柔らかなイタチの声と、力強く戦いを求めるネズミの声がぶつかり合います。
月光に毛並みを輝かせ、身をくねらせて踊るイタチの美しさには、バレットが華麗なダンス勝負を挑んで、技を打ち返します。そしてそこに、島ネズミたちの盆踊りのような素朴な踊りが加わります。

体力や攻撃力では圧倒的に不利なネズミたちが、知恵や技ではイタチに対抗し、凌ぎ切ることができるのです。

そこから一転、最後の戦いで、決死の覚悟でイタチに挑むネズミたちの姿には、目頭が熱くなります。
どうしようもない体格の差、捕食者とその餌という、覆すことのできない運命に立ち向かう姿。小さいものが、必死に生き延びようともがく姿。
そこにようやく差し伸べられる、救いの手。
その美しさに、思わずため息がもれます。


長い長い冒険の末、ガンバが得たものは、「冒険」という経験だけでした。
ガンバは宝物も見つけず、花嫁も得ることなく、「冒険」という体験を経てしまったがために、もう元の街ネズミには戻れなくなってしまいます。

懐かしい我が家との別離。
これもまた、質の良い冒険譚だなあと思わせてくれるポイントの一つです。


Audible版もあるのを見つけてしまったのですが、なんと朗読が野沢雅子さんです(ドラゴンボールの孫悟空の人)。野沢雅子さんに「戦うぞ!」って言われたら、「おう!」ってついていっちゃうよね。
Audibleは無料体験があるので、ぜひ。



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