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青春はこんぺきいろ

ゴルフボールを二つ、掌でくるくる転がしていた大好きな祖母。


「おばあちゃん、そのボールなに?」


「ゴルフボールだよ。海の中に沈んでるんだよ」


海女さんをしていた祖母。海の中ってどんなところなの?と聞く幼い私に、色々なことを教えてくれました。

海の中には色んな生き物が住んでいて、海の底には面白いものが沈んでいること。ゴルフ場なんて近くにないのに、ゴルフボールがよく沈んでいて、それを拾ってきては掌で転がして頭の体操をしていること。

綺麗な魚もたくさんいて、珊瑚も少しある。けれど、テレビで見るのみたいに綺麗ではないということ。

イルカも時たまいる。すごく近くへ寄ってくる。全然怖くないよ、など。


父と母も海で仕事をしていたので幼い私にとっての海は、家族が仕事をするところ。潮の香りは父が仕事場から連れてくる匂い。


家も海のすぐそばにあるため、自転車も洗濯の物干し竿もすぐ錆びちゃう。台風がきたら、海には近づかない。お盆は海に入っちゃだめ、とおじいちゃんおばあちゃんが口を酸っぱくして言う。たいてい7月で海水浴はおしまい。8月はクラゲたちの季節。



カラオケもゲームセンターもファミレスもない私たちの町。

日差しがきつい夏の日は外で遊ぶにも限界がある。やることもない、行く場所もない私たちは、海に浮かびながら可愛い読モだったりメイクの話、バイト先のかっこいい先輩の話、彼と喧嘩ばっかりしちゃう話。"今この瞬間"が全て。

冬の海はそれはそれは寒くて、夜になると吸い込まれそうな暗黒色に。満天の星空の下でコーンスープ缶をホッカイロ代わりにして、流行りの失恋ソングを。



どれもこれもあの瞬間の私たちにとって特別なものなど何一つなく、いつもの友達と、なんの刺激もない町並、ただただ広がる海。
乗り過ごしてしまったら最後、一時間に一本しかない電車にももう懲り懲り。

「あー早く東京に行きたい!ほんっとつまんない!

星よりネオンがいいよー」  



そして今。

ネオンで星が見えない東京にほど近い土地で暮らしながら、あの頃を振り返ります。胸の奥がぎゅっとなり、少しすると凪の日の海のような穏やかな気持ちになります。

10代の私はつまらない、つまらないって何度呟いただろう。

でも今の私にはそのつまらないって呟く自分すら、最高に輝いて見えるのです。若さと、可能性に溢れた自分が最高に羨ましいのです。



しばらく帰っていないあの海に帰りたくなってきました。

高齢化が進むあの町に、今すぐに帰ることはできません。

次、いつ帰れるかもわかりません。


私にできることは、早く世の中が落ち着くように願うこと。

今この瞬間にも、力を尽くしてくれているたくさんの人たちに感謝をすること。



そして、あの海に思いを馳せます。

”おかえり”なんてことはもちろん、何も聞こえてはこないけれど、変わらない波音が聞こえてくる。










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