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鳥獣戯画の楽しみ方にせまる〜その2〜

誰がどんな目的でいつ描いたものか――未だ謎に包まれている『鳥獣戯画』。この謎にせまるために、甲・乙・丙・丁それぞれの巻の成り立ちと魅力について、東京国立博物館の主任研究員・土屋貴裕(つちや たかひろ)さんに聞きました。(聞き手=編集者・ライター/草野恵子)


――『鳥獣戯画』は誰がどんな目的でいつ描いたものなのか、未だに謎に満ちていることが、私たちの探究心をさらに掻きたてます。そもそも、どのような制作意図によってつくられたものなのでしょうか?

『鳥獣戯画』は平安時代から鎌倉時代にかけて段階的に描かれているもので、ひとりの人が一気に描いたものではありません。何が主題なのかも一切わからず、決定的な説は未だにありません。
これだけ謎の多い国宝は少ないかもしれません
甲・乙・丙・丁の4巻がありますが、そもそも同じような制作目的だったとして考えると、破綻してしまいます。


――では、今回の展覧会を観るにあたって、甲・乙・丙・丁、それぞれ4巻をどのように捉えるとよいのでしょうか。

動物たちが人間のように野山で遊びにふける様子を描いた「甲巻」は、最もみなさんに知られているものです。これは従来からいわれていることですが、「甲巻」の前半と後半の作者は違うと指摘されています。
これまでの『鳥獣戯画』の展示では、「甲巻」の前半と後半を会期を分けて別々に観ることになっていたので見比べることができなかったのですが、今回は全場面を同時に観ることができますから、「甲巻」の前半と後半をぜひ見比べてほしいです。
前半の第1紙から10紙と後半の第11紙から第23紙は、ぱっと観ただけでも明確に紙が違うということも、よくわかります。この紙と筆致の違いをじっくり見比べていただきたいですね。

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甲巻(部分)。画面中央の第10紙と11紙との境では紙が異なることがわかる。


続く「乙巻」も動物が描かれていますが、「甲巻」のように擬人化はされていません。
16種の動物をありのままの動物として描いているのですが、前半と後半では趣が異なります。
「乙巻」の前半は身近にいる牛、鷲(わし)、犬、鶏などの動物が描かれ、後半では異国や空想上の動物――麒麟、豹、山羊、虎、獅子、龍、獏(ばく)などが描かれています。
実は「甲巻」の後半と「乙巻」は同じ人が描いたのではないかといわれています。紙も似ているので、この説はおそらく正しいのではないかと考えられます。

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丙巻」は前半に人物が描かれ、後半に動物が描かれています。前半の人物戯画では、囲碁や双六、将棋から、耳引き(耳をひっぱりあうゲーム)、目比べ(にらめっこ)、腰引きなど身体をつかった勝負事が展開していきます。
後半の動物戯画では、鹿の上に猿が乗っている競べ馬(くらべうま)――これは「甲巻」でも同じような水浴びのシーンがありますが――から始まり、次は猿たちが山車をひく祭礼のような様子、さらに蹴鞠を行う様子、そして験比べ(げんくらべ/僧らが法力を比べ合うこと)があり、最後には蛇が登場して、カエルが逃げ惑う様子が描かれています。

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実は大がかりな修復の過程でわかったことですが、「丙巻」の前半と後半は、もともと同じ紙の裏表に描かれていたもので、一枚の紙の間を薄く剥いで2枚に分け、前後をつないでひとつの絵巻にしていることがわかりました
「丙巻」は鎌倉時代に描かれたといわれていましたが、よくよく観ると「人物戯画」については平安時代に制作された可能性があるのではないかと考えています。
さらに言うと「甲巻」よりも古いのではないかと私は推測しています。これはしっかりと論証するにはまだ材料が不足していますけれども、今回はそのあたりも見どころのひとつとして、ぜひ「丙巻」にご注目いただきたいと思っています。

最後の「丁巻」は人物を中心に描かれた絵巻で、鎌倉時代に描かれたものだといわれています。
線描が今までの3巻と違って、薄くて、かなり勢いがあるというのが特徴的です。
最初に曲芸があって験比べがあり、法会(ほうえ)があり……この法会は「甲巻」にもあったものですが、それのパロディとも言えるもの。
ぜひ展覧会場でご覧ください。

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