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鳥獣戯画の楽しみ方にせまる〜その1〜

多くの人に親しまれている国宝『鳥獣戯画』。
実は、これが4巻からなる絵巻物だということはあまり認識されていない事実かもしれません。そこで本記事では『鳥獣戯画』が絵巻としてどのように楽しまれていたかを、東京国立博物館の主任研究員・土屋貴裕(つちや たかひろ)さんに聞きました。(聞き手=編集者・ライター/草野恵子)

――『鳥獣戯画』は甲・乙・丙・丁の4巻からなる絵巻物です。でも、現代の私たちは絵巻の鑑賞体験がほとんどありません。まずはその楽しみ方から教えて下さい。

絵巻は両手で持って、肩幅と同じ幅まで巻き広げながら、それを右手で巻き閉じ、また広げて見るといった、一連の動作で鑑賞していくもので、画面の右から左へと見ていくことを想定して描かれています。ですから、通常は肩幅と同じ長さまでしか一度に観ることはできなかったんです。

絵巻は、静止画と言うよりは動画的な媒体なんですね。実際に動かしてみると、たとえばウサギとカエルが相撲で組み合っている場面を見ながら巻き広げると、次にウサギが逆向きにひっくり返っている場面が登場します。そうやって時間の経過が表されているわけです。これは絵巻の常套手段で「異時同図 (いじどうず)」と呼ばれる手法です。背景の舞台が同じですから、そこに登場人物を2回登場させることで、時間の経過を表しています。

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右端で相撲をとるウサギとカエルの場面に続いて、中央ではウサギがひっくり返る場面が登場する(「鳥獣戯画」甲巻)

これをもっとわかりやすく言えば、現代の写真撮影の手法における「多重露出」のようなもので、夜景の撮影で月だけが動いていくような手法と似ています。
絵巻の場面構成には、短い場面をひとまとまりとする「段落式」というものと、連続してずっと場面が続いていく「連続式」というものがありまして、鳥獣戯画は「連続式」です。

――『鳥獣戯画』は絵巻ならではの作品だと言えるわけですね。

一方で、通常の絵巻というものは、「詞書(ことばがき)」といわれる文字部分があって、絵の部分があるというスタイルが一般的なのですが、『鳥獣戯画』には文字が一切出てきません。「詞書がない絵巻」というのも『鳥獣戯画』の最大の特徴です。通常は文字部分と絵が呼応するのが絵巻なのですが、文字がない『鳥獣戯画』は、観る人がさまざまに解釈できるというわけです。

そういったことをおさえながら、あらためて『鳥獣戯画』を見てみると、よくできていることがわかります。歌舞伎じゃないけれども幕がだんだんと上がってくるような感じで、一番最初に山の風景が出てきて、絵巻を広げながら「何が始まるんだろう」と思っていたらサルやウサギが出てきて……極めて考えつくされているものだと思うのです。

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「鳥獣戯画」甲巻の冒頭シーン 

これは実際に絵巻の手法をよく知っている人でないと描けなかったものではないかと思いますし、これを観て楽しむ人達も絵巻の楽しみ方をよく知っている、そういった”ドレスコード”、絵の作法のようなものが通用する集団の中で『鳥獣戯画』はつくられていたということではないかと思います。
『鳥獣戯画』がただの手すさびだとしたら、800年も持たないということは言えると思います。

――『鳥獣戯画』は彩色されていないというのも、めずらしいですね。

色がついていない、墨による単色の線描だというのも特徴の一つで、私たちは「白描画(はくびょうが)」と呼んでいます。日本では、平安・鎌倉時代に仏教の図像が墨による単色の線で描かれています。そのことから『鳥獣戯画』が仏画を描いていた絵師の手によるものではないかという説もあります。

~その2に続く~

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