新内眞衣とオールナイトニッポンと

どれくらいの人が新内眞衣を知っているだろうか?

乃木坂46。言わずと知れた国民的アイドル。知らない人などいない。
現在のアイドル文化を表舞台で牽引するこのグループの中心の、だけれど端の方に、彼女はひっそりと、そして堂々と自分の居場所を持っていた。

彼女を知ったのはちょうど六年前。自分は受験生であった。
受験生で心的に健康な者など存在しない。自分は特に受験に狂っていた。
勉強は上手くいかず、教師とも対立し、やがてその悶々とする気持ちを友人たちにまでぶつけた。

夜が怖かった。
今みたいに、夜は味方ではなかった。
ダメな自分と向かい合い、何も進歩のない今日の自分の価値を問い続ける。

本当に辛かった。

そんな時、自分を救ってくれたのは、オールナイトニッポンだった。
特に、二部と呼ばれる3時からのオールナイトニッポン0。
当時、すがるような思いで聴いていた。

特に大好きだったのが、当時水曜日を担当していた新内さんである。
彼女のラジオの特徴は……実はあまりないのかもしれない。
強いて言うならば、「新内眞衣が話している」ということだろうか。

内容はくだらないことばかりで、自分はあまり乃木坂に明るい人間ではなかったので、彼女から聴く話が乃木坂46の全てであった。

新内眞衣という人は変な人で、オールナイトニッポンを任されていながら、「乃木坂の端くれ」を自称していた。そして自らを「一推し」ではなく、「二推し」と呼んで、やや自虐的に語った。

正直、「アイドル」というとキラキラとしていて、なんだか鼻につく、そんな印象が強かった。けれど、彼女の話を聞いていると、どうも「アイドル」のそれとは思えない。
僕らと同じ「人間」だったのだ。

このようにして、パーソナリティ「新内眞衣」はすっと自分の心の隙間に入り込み、水曜日の3時は自分にとって大切な時間に変わった。

やがて、新内さん自体の人気も上がっていき、そのパーソナリティ能力が評価され、深夜3時からのオールナイトニッポン0は深夜1時からのオールナイトニッポンに格上げされた。

とても嬉しいニュースではあるのだが、ちょっぴり寂しくもあった。
番組の内容が変化したのである。
深夜3時という時間帯はそれだけ人目につきにくく、自由でもあった。しかし、深夜1時はラジオのゴールデンタイム、流石に新内眞衣一人でのおしゃべりというわけにはいかないのだ(自分はいけると思うけど)。

それに、彼女は最年長でもあった。最年長として、グループの若い後輩たちの素に近い喋りの魅力をファンに紹介するのも、彼女の仕事となった。

したがって、番組には毎回乃木坂のメンバーがゲストとして登場することになり、パーソナリティ「新内眞衣」は「MC」へとその役割を変化させていった。

相も変わらずに、新内さんは毎週喋っているのだが、どうも寂しかった。
そして、深夜3時の頃の自分とパーソナリティとの一対一という時間がとても貴重なものであったと感じることになった。

やがて自分と新内さんのオールナイトニッポンとの関係も変化した。
以前のように、すがるように聴くことは無くなったのだ。

そして、昨年の11月。その日の放送にゲストはいなかった。
彼女は番組で、自身の卒業を報告した。

久々の一人喋りでの放送は懐かしくもあり、そしてこんなにも喋りが上手かったかなと驚いてしまうものであった。

凄いなと思うことがもう一つあった。
彼女が「ソロ曲」を貰ったのだ。あまりアイドルに詳しい方ではないが、決して前の方で歌うことのない新内さんが一人で歌う曲を貰ったことはかなり珍しいのではないかと思う。自分のことのように嬉しかった。

題名は「あなたからの卒業」。おいおい、流石に卒業を意識しすぎだろと思ったが、曲調は至って明るいもので、これから先の未来に向けた希望の曲であった。
とても良いコンセプトだと思った。
新内さんは今年で30歳。30代は別の人生を歩みたいという彼女にぴったりなのである。

そして、夜に喋る人にとって大事な曲だと思った。
自分程度の人間が述べるのはちゃんちゃらおかしいかもしれないが、自分は夜が怖かった。そして、本当に怖かったのは「明日」だった。
「未来」だった。

きっと、自分なんかよりも、もっと苦しくて、夜が怖くて、次の日が来るのが嫌で、すがりつくようにラジオに辿り着く人がいるはずだ。
新内さんの歌の歌詞は、その人たちの心にきっと届くものだと思った。
(秋元康すげーなぁという気持ちもある。)

2022年2月9日の深夜1時。
自分はあの夜のように、布団を被って放送に耳を傾けた。
その日の放送も彼女の一人喋り。
そして、6年間に渡る放送内容の振り返り。新内さんは所々涙を流していた。

思ったよりも悲しくないな。

そう。思ったよりも悲しくなかった。
放送内容が明るかったのもあるが、何より、自分にとって最初の区切りが深夜1時への移動の時についていたからかもしれない。
何だかとても懐かしい気持ちで、穏やかに放送は残り15分を迎えた。

最後のコーナーは新内さんからリスナーに対してのメッセージ。
彼女の声は堂々としていたが、散々泣いたため、やや鼻声であった。

「私、ラジオがなかったら、どうなっていたんだろうって思います。」

どこのフレーズを切り取っても、ただ陳腐になるだけだなと思う。
人が腹の底から喋った言葉は文字になんかならないのだ。

彼女が電波の向こうに語った最後のメッセージは、彼女自分にとってどれほどラジオが重要なものであったのかを切々と伝えるものであった。
言葉を通じて、電波の向こうにいる自分、夜が怖くてラジオにすがったあの夜の自分、「明日」を恐れる全ての人たち、そしてパーソナリティー新内眞衣は一つとなった。

気がついたら、嗚咽が止まらない。
ありがとう。あの夜を共に過ごしてくれて。
明日を生きる力をくれて、寄り添ってくれてありがとう。
そして、またみんなで明日を生きよう。さようなら、新内眞衣。


初めて、「推し」のアイドルの卒業を見送った。
このnoteを書こうと思ったのは、この体験がとても貴重なものだなと感じたからである。寂しくもあり、区切りのついた晴れ晴れとした気分もある。
自分の信じる神様は電波を超えて人間に戻っていった。
新内眞衣の未来が素晴らしいものでありますように。

今日のこの空の色を
私はずっと忘れないわ
少し不安もあったけど 
とても大切な日になった





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