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ルーシーインザスカイウィズダイヤモンズ 第6話

配信をしなくなってから1週間が経った。ルーシーにはまだ企画が固まらないんだ、この企画に懸けているから入念に仕込みたいんだ、と言い訳をした。おそらく彼女は気づいているだろうとチョイスもまた気づいていた。お互いに馬鹿ではなかった。そしてお互いに愚かだった。

彼は配信をすることで多少の活力を得ていた。逆を言えば配信をしなければ風呂に入ることも飯を食うことも忘れかけていた。ルーシーがいることでかろうじて常人の義務を果たすことができていた。

「今日は、要る?」
彼女からの連絡が入った。ここ最近は連日のように煙草と缶コーヒーをルーシーの仕事終わりに買ってきてもらっていた。はじめは後ろめたかったが、3日もすると何も言ってこない彼女への無意識の甘えに変わっていった。

何を気にすることがある。ここは俺の家で、俺の仕事は俺の配信だ。やりたいようにやって何が悪い。誰に許可を取る必要がある。俺を好きになって勝手に現れた女に気を遣う必要などない。嫌なら出ていけばいい。俺はそもそも一人で生きてきたのだ。多少助かっているのは認める。だが、多少不便になったからと言って元に戻るだけだ。そもそも俺はあいつに惚れていない。あいつが俺に惚れているのだ。惚れた弱みだ。どうせ将来もない男なのだ。どうせいつか出ていく。惚れている間ぐらい良い思いをしたってかまわないだろう。チョイスは布団で手足をバタバタさせてある言葉を必死に受け入れまいとしていた。

――ルーシーが惚れているのは、配信をしているチョイスだ

「ただいま」
少ししてルーシーの透き通った声とコンビニのビニール袋のこすれる音が玄関に響いた。

「はい」
寝転がってスマホを眺める汚物のような男のそばにそっと袋を置いた。

「今日疲れたからコンビニでご飯買ってきちゃった、ごめんね」
「ああ、いいよ」
チョイスはゆっくりと起き上がってルーシーの用意を待った。

「そろそろ家賃引き落としだけど……大丈夫?」
「大丈夫だよ」
チョイスの目の前にオムライスとスプーンが置かれた。

金はある。ここ数日のパチンコで10万円を稼いでいた。家賃はその半分程度。明日もパチンコを打ちに行こうと彼は思っているが、大負けしたって家賃分ぐらいは余ると計算している。

「よかった、私のお金じゃ結構きついから」

翌日、チョイスは昼時に出勤するルーシーを見送ると、急いで支度をして玄関を飛び出していった。

「お疲れ~」
赤い髪の男は毎日ルーシーに話しかけてきた。
「お疲れ様です」
はじめは自尊心が強くうっとうしいと思っていたが、仕事はまじめにやるし男女問わず思いやりのあるこの男にルーシーはだんだんと気を許していた。

「俺さ、就職決まったんだよね」
「へー、おめでとうございます」
「けっこうもらえそうなんだけどさ、現場遠いんだよね」
「引っ越すんですか?」
「うん、来月かな、広島」
「遠いですね、お世話になりました」
「なんか悲しいなぁ、せっかく知り合えたのに」
「そうですね、みんなで送別会しましょ」
「……最近あの人、配信してないね」
「……うん、そうですね」
「……あの人彼氏なの?」
「……違いますよ」
「そっか」
赤い髪の男は、後頭部を少し撫でて、意を決したように彼女に告げた。
「あのさ、よかったら一緒に来ない?」
「え?」
「俺こんなかっこだし、チャラそうに見えるけど結構イチズなの、イチズ、ほんとに」
ルーシーは苦笑した。
「まあいきなりは無理だと思うんだけどさ、よかったら今度二人で飯でも行かない?」
「……考えときますね」
ルーシーは顔を赤らめながらビカビカと光る筐体が並ぶ通路を早足で進んでいった。

「ただいま」
返事はない。いつも通りだ。だけれども、いつもと違う重い空気が流れているとルーシーは感じていた。それは自分の中にある後ろめたさのせいだと思っていた。

「ご飯作るね」
チョイスは横になったままだ。目を閉じている。寝ていないことは明らかだった。彼は嘘がつけなかった。いや、平気で嘘はつくが、嘘をついて平気ではいられなかった。

食卓に続々と料理が運ばれた。なぜだろう。いつもより品数が増えてしまった。これでは胸中がバレてしまう、とルーシーは思った。

「「……あのさ」」
同時に声を上げた。

しばらくの沈黙。

ルーシーは彼の言葉を待った。

「……あのさ」
もう一度チョイスは言う。

「ごめん、お金、なくなっちゃった……」
今にも泣きそうな声なのに、どこか怒っている彼の顔が、ルーシーの覚えているチョイスの最後の姿だった。

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