見出し画像

私と黄色

『これにする!』

小学校に上がる3か月前のこと。近所にある総合型スーパーのランドセル売り場で、私は黄色のランドセルを指さしながら得意げにそう言った。

『皆は赤色だよ。きりちゃんも6年生になったら赤じゃないと恥ずかしくなっちゃうかもよ。本当に黄色にするの?』

という母の言葉を聞いたところで迷いなんてなかった。当時の私にとっては黄色以外は正解の色でないかのように、黄色いランドセルを即決した。別に、昔から黄色が好きだったわけでもない。ランドセルコーナーに向かう前に色をあらかじめ決めていたわけでもない。でも、当時の私は電気の光に向かって一直線に飛んでいく虫のように、黄色のランドセルを見た瞬間、目を奪われてしまったのだった。

私は、本当に黄色いランドセルを手に入れた。あの時の興奮は忘れられない。入学式まで待ちきれず、家の中で何度も黄色いランドセルを背負っては、机の横にかけて戻すという作業を飽くことなく、何度も何度も繰り返していた。

それから6年間、私は黄色のランドセルを背負って登校した。高学年になった頃、1人だけ目立つ色のランドセルを背負っていることを気にしたこともあったが、卒業する頃には黄色のランドセルで良かったと心から思っていた。

なぜならこの6年間で、私のトレードマークは黄色になったからだ。名前が"き"から始まることと相まって、きりちゃん=黄色が周りの共通イメージとなった。『黄色のきりちゃん』と友達のお母さんたちからも呼ばれていた。私は、いつもその呼び名が誇らしかった。黄色が私のアイデンティティであるかのような気がして、黄色のランドセルに"自分らしさ"を見出していた。小学生の時は好きな色を聞かれると、真っ先に黄色と答えていた。それくらい、黄色に愛着が湧いていた。だから、黄色のランドセルを買ったことに対する後悔は微塵もなかった。

しかし中学生に上がると、当たり前ではあるが黄色のランドセルを身に着けることはなくなった。中学では、姉からお下がりでもらった白地にピンクのロゴが入ったロクシーのエナメルバッグを使っていた。高校や大学に上がるにつれて段々と黄色との直接的な接点は薄れていき、好きな色も黄色ではなく、ワインレッドやパステルカラーの紫を好むようになった。

その一方で、私の中で、黄色は格別であり続けた。好きな色は黄色でなくなったはずなのに、いつも黄色を見る度に元気を貰っていた。ランドセル程黄色の主張が激しいものを身に着けてなくても、黄色のワンポイントが入った服や、予備校のテキストの色、飲み物やお菓子のパッケージなど所々で黄色を見かける度に、『私の色だ!』という感覚が自然と湧いてきて、嬉しい気持ちになった。根拠があるわけではないが、自分のラッキーカラーのような感覚だった。黄色は常に私の中で格別の色であったし、今もその点に変わりはない。

最近改めて、黄色について考えてみた。小学生の頃に何となく選んだ黄色は、そもそもどんな意味を持つ色か、どうして私はそこまで愛着を持っているかを含めて一度真剣に考えてみた。そこで、私にとっての黄色の意味を3つ見つけることが出来た。

1つは、人を前向きにする色。黄色と赤は、食欲をそそる色として有名である。食欲がそそられる時は、人は皆、前向きである気がする。少なくとも、何かを食べたいと未来のことを考えるのだから、後ろ向きではないはずだ。他にも、ヒマワリや太陽など人にパワーを与える物としてよく知られているものの中に、黄色は含まれている。

2つ目は人の目を引く色だ。黄色は駅のホームで点字ブロックとして使われていたり、至る所にあるポスターの色として使用されたりしている。人の注意を引く色とは、ポジティブに言い換えれば直感的に魅力的な色なのではないかと私は思う。だから私は、ランドセル売り場で直感的に黄色に惹かれてしまったのかもしれない、と考えることもある。

3つ目は、平等な色である。平等というのは、漢字を指している。黄色の『黄』は、左右対称の字をしている。これは私自身の名前である『木里』と重なって見える節があり、自分の体験を投影して考えているように思う。私は小学校の通信簿で、男女分け隔てなく友達として接することが出来る平等性を評価されることが多かったことから、"平等"は良いことだという思いが自分の中にあった。その思いが発展して、自分の漢字のような左右対称の文字(他にも11:11などのぞろ目の数字、図形や回文文字)など釣り合いの取れているものに対して、愛着が湧く節があった。だからその影響で、色の中では珍しい左右対称の漢字を持つ、黄色に自然と心が惹かれたのだろう。

このように総じて考えると、私にとって黄色は自分の憧れが詰まった色であると思う。自分と関わる人を前向きな気持ちにできる人でありたい。誰かの直観に響くような魅力的な人でありたい。誰に対しても平等でありたい。そんな自分の『こうありたい!』という憧れが、黄色いパッケージの福袋で包まれているような気がする。

最初は何となく惹かれた、ランドセルコーナーの黄色。ふとした一瞬の決定ではあったが、黄色のランドセルから貰った、私のトレードマーク。あの時は黄色いランドセルがあったから、"黄色"を自分のトレードマークとして認識してもらいやすかった。しかしながら、もう黄色いランドセルのように、誰が見てもわかりやすく私のアイデンティティを示してくれるものは存在しない。それに、今の私は、物に頼ってアイデンティティを示したいとも思わない。それでも、これからずっと『私のトレードマークは黄色です!!』。そう胸を張って言えるように、黄色が似合う人間になり続けようと思う。

この記事が参加している募集

スキしてみて

買ってよかったもの

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?