国連と齟齬があるって大丈夫?文科省の考えるインクルーシブ教育ってなに?
先日9日の国連の勧告を受けての13日の永岡文科大臣の回答。
この記事を見た瞬間、「日本は大丈夫か?」と思った。
この記事で気になる点。
その① 通知がインクルーシブを推進するって、どう理解すればいいの?
これについては、大臣が日本の現状、世界の現状をどう解釈し、何をもってインクルーシブを推進するというのか、具体的な説明がないと理解しがたい。
その② 本当に障害児が普通教育を選択できている?
ほんとにそうなのかな?では、なぜいまだにこんな裁判があり、しかも裁判でも負けるの?
こんな判決が出る国が、「選ぶことができている」と国連で説明するのはおかしくない?
その③ 管理職も含む教員の中にクラス数をなんとか増やすのがよいとする感覚が根付いている。
これ、まさに私の勤務する自治体の話だと思いますが、「人を増やすのが管理職の仕事」「一番手っ取り早いのが、支援学級を増やすこと」というのが、もう定説となっています。たくさんクラスを増やして人を確保した人が管理職として評価されるという世界です。
実際に、そんなに極端に障害のある子が増えるということはないんですが、いろいろな理由をつけて支援学級の対象者ではない子を支援学級に入級させることはできます。
すべては書類上の数字で、実態調査もないので、どんな子でもそれっぽい書類を書けば通ります。
「困り感」とか、主観的なものを数人の主観のみで扱うので、なんとでもなります。
知的障害でなくても、「この子は知的障害です」と書類に書くだけで支援学級に入れます。
それは、文科省も把握していて、そこを何とかしようと今回の通知を出したのかなとは思いますが・・・。
私の勤務する自治体では、児童数450人の学校で支援学級が10クラス、支援学級の在籍児童が65人もいる学校があります。学校の14%を超える児童が支援学級で学んでいるってどういう状況なのかと思います。これは、本当に支援学級での支援が必要な子が入級しているのか怪しいなと思われても仕方ないと思います。
他には似たような学校もありますが、「支援学級の対象となる児童」の状態について詳しい専門家(ほぼいないと思いますが)が、実態調査をしないと、いくら文書で改善を求めても「みんな、支援が必要です!」で終わると思います。
そして、文科省の通知の焦点ともなっている「週の半分以上を支援学級で」ということに関しても、抜け道があり、「退級に向けての取り組みであれば、半分という規定によらなくてよい。」とあるので、「全員退級に向けて取り組んでいます。」と言えば、それでいいんです。
結局、教師不足で学校現場が疲弊する中、なんだかんだいって、この状況が変わる気配はありません。
その④ 通知の趣旨って何?何が正しい理解なの?
正直、今回の永岡文科大臣の発言は、残念な気持ちです。
国際社会との考え方の齟齬を表に出してしまい、日本が取り残される気配を感じます。
日本の文科省の打ち出している独自の解釈の「インクルーシブ教育」が、本当に誰もが地域の学校で当たり前に学べる「共生社会」につながっていくのか、疑問しかありません。
「分離教育」の原則の中での「インクルーシブ」には無理がある。
以前のこの記事の中に載せた資料に、
ここにも、書かれているように、「原則分離」で「インクルーシブ」っていうのがそもそも無理があるし、世界の「インクルーシブ」と矛盾するところだと思います。
ここを変えないと確かに進みようがないと思います。
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