表現者として

昨日、堀元さんの記事を見ていて、ハッとさせられた。

表現者は、拡声器であってはならない。

この一文が、まったくもってその通りだなと、改めて姿勢を正させてもらった。

何にせよ、世間の怒りに触れた時、表現者がやるべきことは「新しい感情を与える成果物」を作ることだ。世間の怒りを、作品に昇華しなければいけない。(中略)「空爆は怖い」と皆が言っている中で、より大きな声で「空爆は怖い」というだけの人間は表現者ではない。それはただの拡声器だ。(堀元氏の上記記事より引用)

私はフィクションの、しかもBLをテーマに小説を書いている。

登場人物のメインは当然男性キャラだし、全体的に見ても女性キャラの登場率はとても低い。

けれど私自身は女性だ。

当然、自分の書く作品内で過ごす彼らとは、日頃まったく違う生活を送っているし、思考回路だってそれぞれ異なっているはず。

それに加えて私はハッピーエンド厨なので、途中どんな困難が待ち侘びていようとも、最後は必ず幸せなラストにしたい。


実際の生活は、今の日本の現状を見ていればわかるが、多くの国民が見えない敵と戦い続け、常に緊張と不安に晒されている。

私だって、その一人だ。

未知のウイルスが怖くないと言えば嘘になる。


けれど、そんな未知のウイルスが蔓延していく様を描いたBL小説なんて、この時期に書くことに、何の意味があるのだろう。

何の為に、私はずっとハピエン厨を貫いてきたのだ。

私が日常生活の中で見聞きし、触れてきたことを、『幸せなBL小説』に変換して書き出すからこそ、意味があるのだと、私は信じていたい。


だから私は、今日も幸せなBLを生み出すことに、力を注いでいたいと思う。

ちなみに以下は、受験シーズンを無事乗り越えた方々に贈りたくて書いた、短いBL小説だ。



 ◇◇◇◇◇◇

「あ……あった……!」
 大きく貼り出された合格者一覧。
 その中に『1107』の番号を見つけて、俺は思わず、手の中の受験票を握り締めて喜んだ。
 俺の持つ受験票に書かれた『1106』の文字に、歪なシワが出来てしまったが気にしない。
 ──そう。
 俺の受験番号は、『1106』。
 この番号も一覧の中に無事含まれていたが、俺はそのこと以上に、『1107』の彼が受かっていたことが、嬉しくて仕方なかったのだ。


 忘れもしない。
 緊張でガチガチだった、入試当日。
 同じ中学から受験する仲間は一人も居なくて、俺は不安と心細さでいっぱいだった。
 何とか気持ちを落ち着けようと、持参した筆記用具を机に並べようとして、そこで更に心臓が止まりそうになった。
 取り出した定規が、真っ二つに折れている。
 プラスチック製なので折れることもあるだろうが、どうしてよりによって、このタイミングで!?
 しかもこれから入試に挑もうというのに、『折れている』なんて余りにも縁起が悪い。
 二つに分かれてしまった定規を手に、顔面蒼白な俺の肩を、不意に叩く手があった。
 振り返ると、後ろの席に座っていた見知らぬ受験生が、無言で定規を差し出してきた。
「え……?」
 戸惑う俺を真っ直ぐに見つめて、彼はようやく口を開いた。
「定規、無いと困るだろ」
「え、何で気付いて……っていうか、そっちこそ無いと困るんじゃ……」
「俺の方は予備がある」
 落ち着いた声でそう告げて、彼はペンケースの中から確かにもう一つ、プラスチックの定規を取り出した。
 俺に向けて差し出してくれているのは、より頑丈なアルミの定規だ。
「……ありがとう。でも、それならせめて、俺はそっちでイイよ。丈夫な方は、アンタが使って」
「俺はこっちの方が使い慣れてる。……そっちなら、折れることもないだろうから、落ち着いて集中しろよ」
 そう言って、微かに笑って見せた彼の顔に、違う意味で胸が苦しくなった。
『1107』
 試験開始のチャイムの直前。
 彼の机に置かれた受験票から、辛うじて読み取れた番号。
 その4桁を、俺は結果発表の当日まで、決して忘れることはなかった。


「お、あった」
 斜め後ろから、聞き覚えのある声がした。
 慌てて振り向いた先で、彼が合格者一覧の掲示板を見上げている。
 その様子は、あの日と変わらず落ち着いていた。
「あの……! 合格、おめでとう!」
 咄嗟にそう声を掛けた俺を見て、少しだけ驚いたように目を瞬かせてから、彼が口許を緩めた。
「お互い『おめでとう』だろ」
 彼が俺を覚えていてくれたことに、鼓動が速まるのを感じる。
「……試験の日、定規貸してくれてありがと。アレがなかったら、俺きっとパニクって集中出来なかった」
「大袈裟だな。定規一つで、合格させられるモンでもないだろ」
「でも、俺にとっては何より心強いお守りだった」
「へぇ」と短く呟いて、彼が少し困ったような顔で頸を擦った。
 どこか照れているようにも見えるのは、俺の勘違いだろうか。
「まぁ俺も何となく、お前も受かれば良いなとは思ってた」
「え……?」
「真っ青な顔してんのに、先に俺の心配してるような奴だから、受かって欲しいと思うだろ。……次会うときは、同じ制服だな」

 その後互いのLINEを交換して、その流れでファミレスに寄った。
 お互いの自己紹介に始まって、中学時代の話、高校に入ったらやりたいバイトの話。
 それから、二人でどこかへ遊びに行こうという話。

 季節はもう春。
 膨らみ始めた桜の蕾みたいに、俺の心の中で育っていく、あたたかい感情。
 揃って同じ制服に身を包む頃、彼への想いは、少しずつ花開いていくんだろうか。


 ◇◇◇◇◇◇

私なりに、「いつか穏やかな季節がきっと来るはず」という希望も込めて書いた。

こちらは創作サイトに掲載しているので、興味のある方は覗いて見て頂けるととても嬉しい。



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