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『われら闇より天を見る』読書感想文

『このミステリーがすごい2023年版』で、ぶっちぎり第一位だったこの作品。犯罪ミステリーとしても、文学としても素晴らしかった。

【あらすじ】
アメリカ、カリフォルニア州。海沿いの町ケープ・ヘイヴン。30年前にひとりの少女命を落とした事件は、いまなお町に暗い影を落としている。自称無法者の少女ダッチェスは、30年前の事件から立ち直れずにいる母親と、まだ幼い弟とともに世の理不尽に抗いながら懸命に日々を送っていた。町の警察署長ウォークは、かつての事件で親友のヴィンセントが逮捕されるに至った証言をいまだに悔いており、過去に囚われたまま生きていた。彼らの町に刑期を終えたヴィンセントが帰ってくる。彼の帰還はかりそめの平穏を乱し、ダッチェスとウォークを巻き込んでいく。そして、新たな悲劇が……。苛烈な運命に翻弄されながらも、 彼女たちがたどり着いたあまりにも哀しい真相とは――?人生の闇の中に差す一条の光を描いた英国推理作家協会賞最優秀長篇賞受賞作。解説:川出正樹

早川書房

主人公は、14歳の少女ダッチェス。彼女は、だらしない母親のスターと、弟のロビンの面倒をみるヤングケアラーでもあり、生意気な少女の域を超えた、無法者(アウトロー)だ。

彼女はいつも自分のことを無法者(アウトロー)だと宣言する。強がって言っているわけでもない。宿命にくよくよしていても、嘆いても、誰も助けてはくれない、自分を奮い立たせなければ生きてはいけない。自分の大切な世界を守るために、社会へ、宿命に対してのそれは、憎しみの炎のようにも見える。生きていくための灯。

彼女が悲劇のヒロインになってない点は、非常にリアリティがあった。

彼女の祖父ハルの友人であるおばちゃんのドリーは、ダッチェスの無法者宣言を矜持(プライド)だと言った。そしてドリーも若い時はダッチェスと同じように世界を憎んでいたと言う。

歳を取るまでわからなかった
自分がこの世でひとりぼっちじゃないってことが

P170 ドリーがダッチェスに言った台詞

この一文、わたしもドリー と同じようにダッチェスを見つめていた。

そして作者がどんな思いでこの作品を書いたのか知りたくなった。

作者のクリス・ウィタカーは若いとき強盗に襲われ刺されました。体の傷は治っても、心の傷は、なかなか治りませんでした。自分が心的外傷後ストレス障害(PTSD)だということも気づかずに、アルコールやドラッグに逃避します。飲酒運転をして交通事故を起こしたり、金融職に就けば、200万ドルの損失を出したりして、人生で2度の自殺を考えたそうです。
そんな中、執筆療法を知り主人公を自分自身から少女にかえて書き始めたことが、この物語のはじまりで、主人公の少女ダッチェス苦しみは、彼そのものなのです。この作品は、彼がこの20年間苦悩を反芻し、寄り添ってきた思いの塊だから、その研ぎ澄まされた言葉たちは、わたしたちの胸に迫ってくるものがあります。

一言一句読み逃さないよう、大切に読みました。

この作品にはもう一人主人公がいます。警察署長のウォーカーです。
彼はダッチェスの母スターの友人で、物語はダッチェスの生活とウォーカーの捜査とが交互に描かれています。

彼は正義の人なのですが、物語では正義で人は救えないと同時に、人を救うのもまた正義というような、相反する二面性というものがよく出てきます。

無法者でもあり、家族思いのダッチェスもまたそうです。
誰かにとって守るべきことが、誰かを不幸にしたり。
愛するが故、愛する者を遠ざけ、苦しめてしまったり
物事に正解は常にひとつでもなく、正解もまた不確かなもの・・・。

悲劇ってのは、罪人を聖人に仕立て上げる。という言葉も印象的でした。
まだまだ消化しきれていない言葉がたくさんあるので、メンタルを整えてから、最初からじっくりまた読みなおそうかなと思っています。

小説が人生の穴を描くものでありならば、この作品は穴だらけです。
わたしが迷うときまた開きたい、生涯ずっと本棚に入れておきたい一冊となりました。

興味のある方は、かなりつらい悲劇なので、ご注意ください。


今日はダッチェスがバーで歌っていた
サイモン&ガーファンクル『明日に架ける橋』を貼ってみます。

いつも読んでくださり
ありがとうございます。٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

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