「獣の国」第1幕 第29場(捨て奸)
捨て奸
■ 右手にイツァークから渡された拳銃を握り、レベッカは左手で救出した女を支えながら、所々にぶら下がっている裸電球の僅かな光を頼りに、暗く長い通路を進む。
■ 血と泥で顔が汚れているレベッカ、女に話し掛ける。
(レベッカ)あとちょっと頑張れば出口があるはずです
(レベッカ)もう少し歩けそうですか?
■ 薄汚れたワンピース姿、苦しそうな表情で答える女。
(女)…… はい…… 大丈夫です……
■ レベッカは、傷だらけの足になるべく負担を掛けぬよう、華奢な女の腰に回した手に力を入れる。
(レベッカ)ごめんなさい…… 本当は背負ってあげたいんですけど…… 今は……
■ レベッカの右手には、イツァークから渡された拳銃が握られている。
■ 裸足の女を気遣い、支えながらゆっくり慎重に進むレベッカ。
(レベッカ)(右へ…… 右へ……)
■ 途中の十字路、右への分岐を見ると、少し先が土砂で埋まっている。
■ 土砂の手前には、喉が切り裂かれた獣の死骸がある。
■ 再び歩き出すレベッカ。
(レベッカ)(右へ…… 右の…… 壁を……)
■ 泣き出しそうになるのを必死に堪え、女と共に暗い通路を進んでいくレベッカ。
(レベッカ)(右へ…… 右…… へ……)
■ 前方が仄かに明るくなっている。
■ その明るさに勇気付けられたように顔を上げ、隣の女を支える手に力を込めて、レベッカは歩く。
■ 突然、腰に付けた無線機からライラの呼び掛ける声が聞こえる。
(ライラの声)レベッカ! 応答して! レベッカ!
■ 驚いた表情で無線機を手に取るレベッカ。
(レベッカ)ライラさん⁉︎ レベッカです!
(ライラの声)良かった! あなたを探しに来たの
(ライラの声)今あなたのいる場所を教えて
■ 細い通路の角から顔を覗かせ、退路を確認するレベッカ。
■ 裸電球の僅かな光のみで薄暗い通路、片側の壁には鉄格子が嵌っている。
(レベッカ)ぶら下がった電球が所々光っていて……
(レベッカ)通路の片側の壁には…… 牢屋? みたいに紺色の鉄格子が付いています
(ライラの声)鉄格子ね…… 獣の姿は見える?
(レベッカ)いいえ…… イツァークさんが……
■ 目を伏せるレベッカ。
(レベッカ)…… 途中の獣は全て殺してきたって……
(レベッカ)右の壁を伝って進んで行けばいいって……
(ライラの声)イツァーク⁉︎
(ライラの声)あなたイツァークに会ったの⁉︎
■ 眉根を寄せるレベッカ。
(レベッカ)はい…… 私…… 落とされた後……
(レベッカ)出口を探して歩いていたんですけど……
(レベッカ)…… こことは別の通路の牢の中で…… 獣に……
(レベッカ)いえ…… 牢の中に怪我をした女の人がいて……
(レベッカ)二人して獣に襲われそうになったとき 突然現れて助けてくれたんです……
■ 無線機から聞こえるライラの声。
(ライラの声)…… 軍の旧施設…… 繋がっていたのね……
■ 無線機に向かい必死に訴えるレベッカ。
(レベッカ)娘さんと旦那さんが待っているから その人を連れて先に行けって……
(レベッカ)す…… すぐに追い掛けるから問題ないって……
(レベッカ)…… で…… でも……
■ 涙を浮かべ、顔を歪めるレベッカ。
(レベッカ)あんな数の獣相手に一人じゃ……
■ 牙を剥く獣。
■ 襲い掛かる獣を細い通路で待ち構え、ナイフで切り裂くイツァーク。
(イツァーク)(そろそろこのナイフも限界だろう……)
■ 次々と襲い掛かる獣。
(イツァーク)(この奥が奴等の巣だったか……)
■ 鋭い爪に全身を切り裂かれながら、獣の攻撃を辛うじて凌ぐイツァーク。
(イツァーク)(群れを相手にするには些か準備不足だったな……)
(イツァーク)(一人で凌げるような数ではない…… が……)
■ 獣が襲い掛かる。
■ 獣の喉元に、渾身の力でナイフを突き刺すイツァーク。
(イツァーク)(ここを通すつもりもない)
■ ナイフが根元から折れる。
■ ナイフを捨てるイツァーク。
(イツァーク)…… さて……
■ 自らの血と獣の返り血で全身を濡らしたイツァークは、幽鬼のように獣たちの前に立ち塞がる。
(イツァーク)…… お前らはこれまでどれだけ人を喰らってきた?
■ フェイスマスクを引き下げるイツァーク。
(イツァーク)俺の肉も喰ってみろ……
■ 発達した犬歯が覗くその口元は、笑っているかのように見える。
(イツァーク)懐かしい味がするかもしれんぞ……