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「TAR/ター」(2022年)

予告編では、ケイト・ブランシェット演じるストイックな指揮者が芸術の極北に到達するために正気を失う話かと思っていた。
たしかにそういう映画ではあるのだが、想像していた展開とだいぶ違っていて驚かされた。

リディア・ターという女性指揮者の物語。
彼女はペルー東部の先住民音楽を研究し、彼らと5年間ともに暮らした、という経験もあるが、その後、華々しい経歴を重ねて、ついにはベルリン・フィルの首席指揮者にまでのぼりつめる。
マーラーの5番のライブ録音を控え、リハーサルを重ねる。演奏は順調に仕上がっていく。しかし、ターが過去に指導した若手女性指揮者の自殺をきっかけに、彼女自身の人生が大きく狂わされていく。

映像は洗練されている。コンクリート打ちっぱなしの家や、インテリア雑誌にでてきそうな仕事部屋、もしくは高級ホテルやレストランといったロケーションは、知的で高級なイメージとともに、どこか無機質な空気を醸し出している。これはターという人間をうまく表現している。
彼女は天才的な音楽家だが、エキセントリックで人間性に欠ける部分がある。演奏しているときだけ感情を持った人間になるのだ。
その性格ゆえに破滅していくのだが、なにかが変わるということはない。

本作で繰り返し述べられるのは、「音楽を演奏するときに重要なのは、本質を理解することだ」というフレーズだ。
ターは作曲者がなにを考えてその曲を作ったのか理解しているのかもしれないが、自分の周りにいる人間のことは理解していなかった。そして、これからも理解しないだろう。
性差別についても何度も言及される。女性の権利やLGBTといった問題について声高に語るのだが、それもパフォーマンスだったのかもしれない。

天賦の才能というものは魅力的で、そんなものがあればいいとは思うが、本作のターのようになる可能性もある。
それでも彼女は彼女にしか見えない世界を見ていたのだから、その点については前向きにとらえたい。

https://www.youtube.com/watch?v=vKIy90fSzqA&t=2s

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