第3回 マンションまでの道のり
果穂のことなんだが、と車中で武が切り出した。
「お前がやっている、記憶の書き換えをやってもらえばよくなると思うんだ」
「さいごの風景を補正する作業は、記憶の書き換えとは違うんだ」
洋介はちょっとむかついた調子で言って、窓を閉めた。車内はヤニ臭いままだけど、いくら換気をしても染みついた臭いは取れない。
小泉が運転席側の窓を開けて、新しい煙草を吸いはじめた。窓の外に煙を吐いたけど、車内にも流れ込んできた。迷惑なことだ、とはいえ、これは小泉の車だからね。
武が話を続けた。
「とにかく、果穂はトラウマを抱えているからさ。それを解決してやれたらいいなと思ってるんだ」
「おれの仕事は、悪い記憶を消すことじゃないんだってば」
「できる範囲でいいんだ。たとえば、トラウマの原因になった出来事をハッピーな出来事に変えるとかさ」
洋介は口元に手を当てて考えた。
「そもそもおれがやっているのは記憶を書き換える作業じゃなくて、補正するんだ。それに、本人がそれを望んでいるのか?」
武は唸った。
「果穂にはなにも話していない」
洋介は渋い顔をした。武は食い下がった。
「マリアの時はああいうことになったけど、果穂がそうであるとは限らないだろ」
「マリアのケースが特殊だったと考えるのは武の勝手だよ。ただ、またああいうことになる可能性はある。そもそも今回の件はおれの仕事じゃないんだ」
「実際にやるかどうかはともかくとして、一度会ってくれないか」
「だから、おれの仕事は記憶の書き換えじゃないんだってば」
「わかったよ。でも会うのは構わないだろ。とにかく記憶を見てやってくれ」
「彼女にきちんと説明するんだ。その上で彼女がオーケーなら、おれは構わない」
武は了解した。そして「マリアには会っているのか」と聞いた。
「時々会っている」
洋介が言うと、武はため息をついた。
「元気か」
「元気だよ」
中野通りをしばらく走ってから、交差点を曲がった。早稲田通りのスーパーや商店、住宅街といった町並みを眺めて、洋介はほっと息をついて肩の力を抜いた。
マンションの前で車が止まった。洋介が車を降りると、武がウインドウを下ろした。
「頼むぜ、色々と」
「彼女に会うのは構わないが、記憶を書き換えるのは無理だよ」
「とにかく会ってくれればいいんだ」
武は窓から手を伸ばして洋介の腕を軽く叩いた。ジェムソンの礼を言った。トゥデイが走り去った。
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