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水の中のナイフ

ポランスキーの処女作。これはすばらしい。

物語の構造としては雪て帰りし物語になっている。
登場人物は三人。金持ちの夫婦と、ヒッチハイカーの若者。

冒頭、夫婦が車でヨットハーバーに向かっている。亭主関白らしく、夫は妻の運転が気に入らず、結局自分がハンドルを握る。ヒッチハイカーの若者をひろうと、若者は車が高級車だとほめる。
やがてヨットハーバーにつくと、若者はヨットに乗ったことがないという。夫は若者をヨットにのせる。
夫は若者に高圧的な態度で接するが、それなりに気にかけている。
おもしろいのは、最初は教育ママのような眼鏡をかけていた妻が、ヨットにのって、物語が展開するにつれてどんどん美しくなっていくところだ。
これは、若者に若いころの夫の姿を重ねていたのではないだろうか。
最後のほうで、「若いころの夫もあなたのようだった」というセリフがある。今は成功しているが、退屈になってしまった夫。若いころの惨めだった頃のほうが、いきいきとしていたのかもしれない。

タイトルにも出てくる「ナイフ」だが、これは若者の象徴のように扱われる。若者もそうだが、夫もそのナイフに執着する。そして最後には海に投げ捨ててしまう。これは、惨めだった若いころを忘れたかったのではないだろうか。
そして、ナイフを捨てた夫は、若者をからかい、海に落下させてしまう。若者の姿が見えなくなり、夫婦は喧嘩をはじめる。妻は、夫に「あなたが若者を殺したのだ」となじり、「警察にいくのが怖いのだろう」ともいう。妻に罵倒され「陸まで泳いで帰れ」と言われた夫は、本当に海に飛び込む。若者が溺れ死んで、夫も去ったと思った妻は悲しむ。しかし、そこに若者が戻ってくる。

陸に戻った妻を、夫が待っている。車のワイパーを盗まれたという。若者が生きていたことを知らない夫が「警察にいかなくては」と言うと妻は「どうして警察にいくのか、ワイパーを盗まれたからか」とからかう。ここで若者が生きていたことに勘づきそうなものだが、夫は気づかない。
妻と車にのって警察に向かう。やがて分かれ道にたどり着く。右は警察、左は自宅だ。妻が「若者は生きていて、私は彼と浮気をしたのだ」と打ち明ける。夫は「君を信じたいが…」と逡巡する。それはそうだろう。妻を信じるということは浮気を受け入れなくてはならない。しかし、警察に向かうのなら、妻を信じていないということになる。

物語のはじまりで、亭主関白だった関係性が最後には対等になっている。若者は若者で成長した。
これは一種の密室劇であり、その中で扱われているのは時間だと思う。
物語の構造としてはシンプルだが、若者の姿に若いころの夫を重ねることで、長い時間の経過を表現することに成功している。その流れを見つめてきた妻の存在が大きい。
小生に読み取れたのはこの程度だが、深く読み込むことができれば、もっといろいろなことがわかると思う。
私生活ではいろいろ問題があるとはいえ、やっぱりポランスキーはすばらしい才能を持っており、小生は彼が好きだ。

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