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アーティゾン美術館「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」

展覧会のタイトルにある「ジャム・セッション」とはなんだろうか、と考えていたのだが、おそらくは石橋財団のコレクションに対して、山口晃がアンサーを出すという行為をジャム・セッションと称しているのだと思う。
そして、それはアートに向かい合うとき、観客もアーティストに対して同じことをしているのだ。

「サンサンシオン」というのは、「感覚」を表すフランス語だそうだ。
ここで問われているのは、我々の感覚は、いつのまにか制度の側に取り込まれているのではありませんか、といった疑問だ。

この展覧会では、
・山口晃がオリンピックのポスターを依頼されてから手掛けるまでの葛藤
・セザンヌの絵に対する山口晃の解釈
・雪舟の絵に対する山口晃の解釈
・その他
といった構成になっている。
見ているときは、展示内容に一貫性がないように感じたのだが、あらためてよく考えてみると、「感覚」というものを観客に問うているのだった。
そう、それは会場の入り口にすでに作家自身の言葉で掲示されていたのだ。
その文章は読んだし、展覧会もじっくりと見た。そして、「おもしろかったけど、ごちゃごちゃ詰め込んだ感じは否めないな」などと思いながら帰ってきたのだが、日にちが経ち、山口晃の文章など読んでいるうちに、「あ、そういうことか」と遅ればせながら気づいた次第。
お恥ずかしい限りである。
だけど、こうして考え続ける。そして自ら気づく。この行為がアートに触れる意味であるし、自分の世界を広げるために必要なのだ。
少なくとも自分はそう考えている。
だからアートを見続ける。

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