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『塔』2021年8月号(3)

髪の毛に季節はずれの桜蕊(さくらしべ) 縋ったひとはあなたではない 中森舞 髪に桜蕊が付いていた。どこで付いたのだろう。さっきあの人に縋った時だろうか。好きな人には縋れないのに、そうでない人には縋れてしまう。強がりなのに弱い心を表すような、季節外れの桜蕊。

南向きの部屋がもうすぐ空くという 退院はないこの病棟に 海野久美 母の死を詠った一連。同じ素材の連作はたくさんあるが、これはどれも冷静な観察眼が光っている。掲出歌は誰かの死が近いことを詠う。その部屋を待っている人もいるのだろう。タイトルが連作を引き立てている。

どこからきてどこまでいくといふのだらう汽水域へと風は流れて 澄田広枝 ゴーギャンの大作「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」を思い出した。この歌は問いがもっと柔らかい。川と自分自身に言っているのだろう。汽水域の語が純粋なイメージにつながる。

地球儀を何度も何度も回す夜神様いたら振り落とすんです 北野中子 地球の上に君臨する神様像がイメージされる。地球儀をぐんぐん回す主体。もし地球儀の上に神様がいたら、そんなもの振り落としてやる。神様も運命も関係無いよ。強気でコミカルな詠い方に好感を持つ。

砲弾を浴びてもデモをし続けるしづかな人がもつともはげしい 山尾春美 クーデターの報にかつて訪れたミャンマー(当時はビルマ)を回想する主体。下句はこの件だけでなく何に対しても言えることだろう。「つ」の字の繰り返しが、歌を読む時つまった感じを与えて、内容に合っている。

無口だと思ってた床屋の店員と楽しく話している別の客 真栄城玄太 地味に傷つく瞬間。自分とでなければ無口でもないし不愛想でもない。他の客との話は弾んでいるようだ。これは他の人間関係でも同じ。自分には不実な人が、他の人には誠実だとか。自分に何かあると思ってしまうのだ。

会えぬのか会いたくないのかわからない真昼の月がとろけてゆくよ 布施木鮎子 会えないのだと思っていたが、自分が無意識に予定を入れたりしていて会えなくしているのかも知れない。もしかしたら会いたくないのかも。昼の月がとろける、は心の境界が曖昧なことの喩だろう。

少しでも傷を舐めたら死んでいく世界で君と爪を切りたい 姉川司 傷の舐め合いという言葉を逆手に取って、傷を舐めたら死ぬと世界を定義づける。そこで君と爪を切りたい。「~たい」で終わる短歌は多いがこれは新鮮。細かい動作だが、古い細胞が新しい細胞に入れ替わる感じがある。

2021.9.30.~10.1.Twitterより編集再掲