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河野裕子『桜森』3

きりきりと絞りし弓とこたへむに肉を越ええぬわれの寒さは 自分の精神は引き絞った弓だと答えたかった。的に全ての心を向けている、と。しかしそうした精神の緊張は身体的な制約を越えられない。自分の寒さ、孤独、弧に徹する心は常に肉体の限界の範囲に留まってしまうのだ。

白シャツのかの長身を軸としてひと夏の円を描きし草地 山羊が繋がれた杭の回りを円を描きながら草を食べるように、主体は愛する人を軸としてその回りを回るように行動した。そうして一夏が過ぎた。自ら望んで繋がれている軸。愛することの幸せと共に不自由さも感じ取っている歌。

嘘つきの大き男の傍らの日だまりにたつぷりとぬくもりて来し 愛する男を嘘つきというのは何故だろう。他愛無い嘘だから、日だまり、たつぷり、ぬくもりて、という言葉が出るのだろうか。嘘つきという重い言葉とのアンバランスが魅力。内省的な歌が多い一連の、不思議に明るい一首。

2021.6.28.Twitterより編集再掲