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角川『短歌』2021年4月号(2)

④江戸雪 時評「親である日に」
嘗て、ベルトなく変身したる男あり。ー夢から醒めて、と念を押されて 光森裕樹 〈隔離されたコロナ患者と、部屋に閉じ込められた毒虫。どちらも、ある日突然、何の理由もなくそのような境遇に追いやられてしまった存在だ。〉

子育ての歌に注目した時評。まずはコロナ禍中での子育てを詠った光森裕樹の連作が取り上げられている。光森の連作は背景にカフカの『変身』を置き、おもちゃの変身ベルトなどを素材に用いながら、多重的に社会と家庭を描き出す。連作もとても力を感じるし、江戸の評もいい。さらに他の作者も論じる。

⑤江戸雪 時評 白きマスク、白きブラウスのアグネスはカメラ越しに見つむわれの自由を 大口玲子 〈「アグネス」が連行されていく。それは国や仲間のために運動した結果だ。自分はどうなのか。自由を手にしているようだけれど、果たしてこの自由は本当の自由なのか。作者が自分に問いかけるたびに、それは読者にも向けられる。〉大口の歌の特徴は江戸の指摘の通り、「作者である自分への問いかけ」だと思う。それはその問いかけを、自分の事として問い直す読者を必ず必要とするものだ。歌とがっぷり組んだ評。

⑥江戸雪 時評 漂流の浮標(ブイ)にたたずむ青鷺のさみしくないか児を世になすは 黒瀬珂瀾 〈青鷺に呼びかけるのは、人間という罪深き存在をこの世に送り出してしまったと自覚しているせいだろうか。子は大切な存在だが、自分にとっては生の苦しみや罪を背負う存在であるという認識。〉ここまで考えて日常、子に接しているわけではないだろうが、韻律が連れて来た深い思惟なのだろう。黒瀬の歌と江戸の読みが響き合う。

〈このように、子というフィルターを通して生と死を突き詰めていく歌は、普遍性を湛えて読者の胸を叩く。〉歌と読みを通して、とても長い時間たゆたうことのできる、深みのある時評だった。歌を読む喜びを共有できた。読みの言葉が、的確に歌を捕えていながら、詩のようでもあった。

2021.5.3.~4.Twitterより編集再掲