見出し画像

角川『短歌』2021年10月号

あやめるというは言足りず街ぐるみあぶらをまきて火で焼き尽くす 三枝浩樹 連作一首目の詞書「甲府空襲。死者1127名、負傷者1239名。市内の7割、1万8千94戸が焼失。」甲府は盆地。鍋に火が入ったようになったのではないか。あやめる、あぶら、の音の重なりが迫力を高める。

咲きのぼりのうぜんかづらは降るものをだまされつづけることもまた悪 今野寿美 咲き登り、それ以上登れなくなったら垂れるように咲く。のうぜんかづらは、何かに気づいた心の喩だろうか。騙されているのに気づかない心は悪なのだろうか。鮮烈な像が心に食い込んでくる歌。

年古りてよきことひとつ憎しみと妬みの感情久しく湧かず 久々湊盈子 「よきことひとつ」なので他はよくないことなのか。あるいは色々ある「よきこと」の中の一例を挙げているのか。確かに「よきこと」として誰もが首肯できる。少しでも若いうちにそうなりたいものだが。

びょうどうに死はそこにありふびょうどうに時間のたばはほどけやすくて 川俣水雪 死を覚悟しての歌だろうか。平等に誰にでも来るはずの死。けれども死までの時間は平等ではない。それを痛感している主体。下句の喩が深く、心に浸みる。

KYOTO CENTRAL POST OFFICEの一つ一つ文字の立体を並べたる壁 島田幸典 事実をそのまま詠んだ歌。京都中央郵便局というとごく普通のお役所的な命名だが、英語文字が立体で壁に並んでいるというのが面白い。

画像1

2,3ヵ月前に偶々撮ってた。壁に空と京都タワーが写ってきれい。

今聞いたんだけど、建て替えが検討されているとか。やめてー!

寝かせてもすぐ起きる父をまた寝かせ真夜中のコント悲しかりけり 笹公人 寝かせたとたん昭和のコントのように起きる父。辛い介護の場面だが、勢いよく起きる父をコントと捉えるのが、主体の心のわずかな余裕だ。結句の近代短歌のような詠い上げが心情に合っている。

⑦東郷雄二「歌壇時評」『現代短歌』9月号特集、1990年以降生まれの歌人の選集について。〈面白いのは若手歌人が影響を受けた一首として挙げている歌人の顔ぶれだ。(…)選ばれたほとんどの人は現代短歌の歌人でしかもまだ若い。(…)もうひとつの特徴は選ばれている歌人の世代幅が狭いことだろう。(…)昔の歌人よりも、自分の年齢に近い身近な歌人に共感を感じる傾向が見える。世代の輪切りがいっそう進行しているのだろう。〉

 自分とごく近い年齢の人の書くものに共感を感じるというのは傾向というより自然な心の流れだろう。若手に限らないだろう。それを東郷がどう見るか、というのをもっと聞きたいな。輪切りが進んだ、で終わらないで。同世代に一番共感するとしても、それを越えて敢えて読むのが減ったのはなぜか?そうしたことがポーズに感じられるのか?同世代以外の歌集が手に入り難いというのも一因かと思う。

2021.11.28.~30.Twitterより編集再掲