『塔』2021年1月号(5)

恋文を書いた時点で敗けていた。あなたは医者になれたでしょうか。 竹垣なほ志 恋文を書いた時点で敗け。好きになった方の敗け。あなたは勉学に志し、私の恋文などには目もくれず、医者を目指した。そんなあなたのその後は知らない。ただ敗けたという記憶だけ。この歌も手紙のようだ。

苦しみにはつか遅れて来る愛よ渡り廊下に待つ白木蓮 山尾閑 苦しみはもちろん恋愛上の苦しみだろう。その苦しみに少し遅れて愛が来る。苦しんだ後に愛が成就したと取る。白木蓮が人を待つように立っている。白い花を掲げて。渡り廊下という場所もいい。端正な抒情の歌。

弱音吐くと教へてもらへるアフリカの飢餓の話と難民のこと 近藤あなた 「もらへる」が皮肉だ。地球規模で考えれば、日本に今暮らしているだけで恵まれている。だが飢餓や難民の事を考えても自分の辛さは薄まらない。そもそも、個人の辛さ苦しさは他者と比較できないものではないのか。

吹く風のまま生きてたい 風のない夜に溺れてそのままの日々 山田泰雅 初句二句の自由に自然に生きたいという願望。しかし現実は、颯爽とした風は吹かず、生活に曖昧に溺れたままの日々が続いている。強い閉塞感。体言止めが、この先に進めないような拘束を感じさせる。

イヤホンを何度もこわす そのたびに「まあいいか」とか思ったりする 音無早矢 投げやりな感情を散文的にそのまま投げ出したような一首。「とか」が曖昧な印象を与える。短歌的に強く収斂する歌の真逆にある文体。そこが現代的で魅力に感じる。希薄な日常の中のひとかけらの独り言。

2021.2.5.~6.Twitterより編集再掲