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『現代短歌』2023年1月号

①「第十回現代短歌社賞選考座談会」本号の半分位を占めるページ数でびっくりしたが、読み始めるとするする読めたし、面白かった。
上川涼子「茴香」について
 黒瀬珂瀾〈(…)連作できれいに読ませてくるときに、なんというかな、言葉によって世界が慰藉されていくなかで、読者も共犯関係に巻き込まれていく。全体的に自己憐憫というか、自己愛の強い作風で、作者が言葉の世界に酔うことに喜びを感じていて、それを読者に押しつけてくるようなところがあって、読んでいて息が切れるところもあったんですね。〉
 黒瀬は批判的に言っているが、こうした作風は珍しくない。というか、詩歌にはある一面だと思う。その上でその作者の作品をどう評価するかだなあ。黒瀬が後で挙げているこの作者、上川涼子の「火を抱くかたちをさぐるそのやうに 私は望んで人を憎んだ」「火はゆらぐ密室 とざしたる深きより湧きやまずまた消えなむと」などは個人的には結構好き。

②「選考座談会」
小俵鱚太「移動祝祭日」について
 阿木津英〈歌の言葉の質が”こと”を述べるものになっているんですよ。詩は、言葉が”もの”そのものになっていきたいっていう、なったものを読みたいっていう、そんな欲望があるからね。これは小説の言葉なんだよね。(…)新しい感覚の小説ができるんじゃないかなと思ったりもするんですよね。全体がこう、小説を述べる言葉なんですよ。〉
 面白いけど短すぎる。言葉の質が、”こと”か”もの”か、というところ。詩の言葉と小説の言葉の違い。もっと詳しく読みたかった。具体例を挙げて欲しい。

君と僕は違ふ人へのお土産におんなじジャムを買へり黄薔薇の 永山凌平 ある程度の人数の旅行で、お土産を買う時に同じジャムを買っていることに気づいたのだと取った。まだ親しくなる前で、同じものを選ぶのだ、ということに少し心が動く。結句、黄薔薇の、というのも美しい。

どんなふうに咲いてもよかった あざみ野にわたしを赦すのもまたわたし 松尾唯花 自分の在り方を決めるのは自分。どんなふうに咲いてもよい。心から自分の事を考え、自分を赦すのは自分しかいない。あざみ野が喩として効いている。下句の言葉遣いがリフレイン的で記憶に残る。

⑤このマンガ、現代短歌社さんの広告だけどうれしい。「ウマクキマイラシテクダサイ」って、本を書いた私より私の言いたいこと分かってくれてる。

終戦忌重ねるたびに新聞の体験談は幼くなりぬ 北辻一展 最初は大人の体験談が語られていたが、終戦から年を経てだんだん人々は老人になり、さらにこの世を去って行く。戦争時に若者だった者、子供だった者と体験談の内容が幼くなっていく。やがて体験談ではなく伝聞になるのだ。

魚群見て家族をおもうそののちは川面にわれの影映るのみ 北辻一展 川の中を泳ぐ魚群が透けて見える。それを見て、家族のようだと思い、自身の家族に思いを至らせる。魚群が去った後は自分の影が川面に映っているだけだ。透き通る水の景色の中で、しんとした孤独が広がる。

名残月をスマホに捕らえしばらくは会えぬあなたの元へ飛ばしき 北辻一展 月を写真に撮り、メールなどであなたに送った。内容的にはそれだけなのだが、「撮る」ではなく「捕らえ」る、「送」ったではなく「飛ばし」たと表現する。それにより歌柄が大きくなりドラマ性が生まれる。

⑨土井礼一郎「歌壇時評」〈たとえば、栗木京子はよく蟻の歌を詠む。〉〈栗木が虫の種を使い分け、家族に対する繊細な感情を託していることがわかる。同時に、虫のなかでも蟻という種が、栗木の作品では特殊な象徴性を持つようだ。〉時評として乾遥香のBR賞受賞作をきっかけにしつつ、一つの独立した栗木京子論になっている。栗木の歌にこれほど虫の歌や特に蟻の歌が多いのは気づかなかった。歌の読みもいい。論の入り口になったBR賞受賞作については〈非常に低い解像度で虫を捕らえている〉と最終部分で再び触れている。この段落はなかなか的確だと思った。

⑩乾遥香「大森静佳歌集『ヘクタール』評」対象に真摯に取り組んだ評。焦点がぴたりと決まっている感を受けた。〈「一人」の姿を確かめたい私には、大森は大森を差し出す代わりに他のテクストや他の女の人生を差し出しているように見えて仕方がない。〉特にこの部分の指摘は鋭い。
 個人的にはBR賞受賞作より真っ直ぐで良いと思った。乾遥香は向こう一年間『現代短歌』誌上で歌集評を担当するということだ。色々なタイプの歌集について書いて欲しい。新鮮で刺激的な視点が期待できると思う。

⑪さいかち真「川本千栄『キマイラ文語』評」〈約二十年前に全力で書いた批評が、こうして再読に値するというのは、著者が最初に感じた違和感を最後まで握りしめて手放さなかったからである。〉ありがとうございます!!本当に隅々まで丁寧に読んでいただいて、うれしいです。
 実は『キマイラ文語』中の香川景樹論の参考文献として挙げさせてもらった、さいかち真『香川景樹と近代歌人』はすごい本なのだ。尊敬する歌人に評をいただいてうれしい限りだ。

2022.12.28.~30.Twitterより編集再掲