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河野裕子『桜森』6

とめどなく春の落葉する楠よ斉唱はさみどりの空よりおこる 楠の葉が春に落葉していく。落ち続ける葉を、同旋律を声を揃えて歌う斉唱と捉える。葉が散る視覚を聴覚に置き換えて感受する瑞々しさ。楠の木陰にいると、新葉のさみどり色に空が染まって見える。

地に直(ぢか)に触れゐる部分のやはらかさ裸足といふこと私といふこと 初句の「チ・ヂ」音の強さがそれ以降のハ行音中心の柔らかさに移っていく。四句五句の対句は韻文の快さを最大限に味わわせてくれる。地に触れる足の裏の柔らかさは、「私」の柔らかさそのものなのだ。

二日も三日も怒りて荒きわれの辺に小家族草のそよぎにも似る 怒りのあまり家族に優しくなれない主体。いらいらといる主体のそばで見守る家族。ちょっとした言動にも草のそよぎのように反応してしまう彼らは、何よりも心配しているのであり、主体もそれを知っているのだ。

2021.7.2.Twitterより編集再掲