『塔』2021年1月号(4)

横たわるモンパルナスのキキに臍なくば芋虫めきたる裸身 ぱいんぐりん エコール・ド・パリのミューズ、キキ。藤田嗣治の絵だろう。画面いっぱいに描かれた迫力ある裸身。しかしもし臍が無ければ、その裸身も芋虫のようだと作者は感じる。三句~結句の句跨りが絵への違和感を表す。

母胎にはあらざるものよりもう一度うまれてみたい羽化のあおさに 中田明子 母胎から赤い血に染まって産まれた身体。その身体で生きてきた。でも今、羽化するように、もう一度心だけうまれたい。羽化したばかりの蝶や蝉は透き通った薄緑色。そんな青さにもう一度うまれてみたいと願う。

まんじゆしやげ雲に連なる野にあれば拾ひなほしたやうな逢ひたさ 有櫛由之 赤い曼殊沙華が空の雲に連なる野。上句の景が広々として開放的。「拾ひなほしたやうな」にとても惹かれる。今までそれほど大切に思っていなかった相手に強く逢いたいと思う。相手との関係を結び直したいのだ。

大いなる墓碑集落とも日没に沈みゆく時東京ビル群 小川玲 二句の後に(思えるor見える)が省略されている。韻律を生かした簡潔さ。集落という少し古めの言葉が、廃墟になったビル群を想像させる。いつか文明の墓碑となるビル群。今現在もそうなりつつある過程の時間なのかもしれない。

こうやって生きるほかなし憧れの食器を病院帰りに買って 小松岬 体調が悪く、病院に行く。そしてその帰りに、自らのために憧れの食器を買う。少し高価な食器なのだろう。その食器で食べることは人生を少し明るくしてくれる。そうやって生きるほかはない。美しく冷たい食器に諦念を映して。

妻と食ふ呼子の烏賊よ鮮らけし伊万里の皿の唐子の透けて 前田豊 九州のいいところがぎゅっと詰まった歌。新鮮な呼子の烏賊。美しい色の伊万里焼の皿。皿には愛らしい唐子の模様。唐子が透明な烏賊を透かして見えている。妻と二人のいつもの落ち着いた食卓に、少し華やいだ気分が漂う。

2021.2.3.~5.Twitterより編集再掲