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『短歌研究』2021年7月号(2)

死へ向かう優先席に座らせて重症ベッドの一つを空ける 犬養楓 すごく怖い歌。作者が医療従事者だと知れば怖さが倍増する。死へ向かう優先席は何を表すのだろう。もう助からない人の行くところだというのは分かる。とにかく「優先」という肯定表現が残酷なのだ。

医者役のうまい役者はいるけれど よき医者はみなよき役者なり 犬養楓 「医者」の部分を他の職業に入れ替えても成立するといえばする。しかしやはり人の生死に関わるだけに「役者」という言葉の重みが違ってくる。お医者さんには微笑みながら、大丈夫ですよと言って欲しいのだが。

気配を消せば気配を消した人間に敏感なひとひとり振り向く 竹中優子 非常に微妙なところを突いている歌。気配を消した人間に敏感、という人の神経の在り方が妙にリアルだ。振り向かれてギクリとしている主体の気持ちも伝わって来る。

⑪「篠弘インタビュー」〈ロマンチストというイメージのある白秋が、リアリストに豹変したのかと驚かされるようなもので、水没する村の住民になり代わって詠むなど、正義感に満ちた激情をあらわにする大作です。〉白秋が「小河内ダム反対」という連作で当局に睨まれた逸話に驚く。

⑫「篠弘インタビュー」空撃を免れむとして移動するミロのヴェヌスより我眼放たず/モナ・リザの脣(くちびる)もしづかなる暗黒にあらむか戦(たたかひ)はきびしくなりて 斎藤茂吉〈あの茂吉が昭和十年代にミロのヴィーナスとモナ・リザというルーブルの二大貴重品を詠んでいることに驚きますね。ドイツの爆撃を避けるべく、美術品を疎開させているんですね。ヨーロッパの、戦争に慣れた民族の違いですね。(…)「モナ・リザ」の歌も、時代の暗黒から貴重な物を守っていくことに慣れている国のあり方。それを逃さず詠んでいる、時代への反応のしかたのすごさを感じますね。〉戦争に慣れた民族、という篠の把握の仕方にまず驚いた。国境を接する国同士で戦争してきたヨーロッパ人の常識なのか。戦災でゴッホの絵を焼いてしまった日本の話も語られている。戦争にも慣れ不慣れがあるという視線が冷徹だ。

⑬「篠弘インタビュー」たはやすく戦をいふこの人は死を他人事と思へるらしき 半田良平〈当局の政治のあり方に極めて批判的な生き方をした数少ない歌人です。息子さんが三人いたうち、二人は結核で亡くなり、そのうえ三人目の息子さんはサイパンで玉砕してしまった。〉

人ならば吾をさいなむ『運命』にをどりかかりて咽喉締めましを 半田良平〈子供を奪った国家に対して、嘆くというよりも、国への完全な挑戦ですね、これをやった人なんですね。言論弾圧の時代にここまで言った。〉子供に先立たれ自身も病気だった。三男の後を追うように亡くなっている。

 筑摩書房の「現代短歌全集」で半田良平の『幸木』を読んだ時、逆縁の歌が心に響いた。サイパンを「彩帆」と美しく書いているのもまた悲しい。二首目の歌はこの稿では未発表とあるが、『幸木』には収録されている。結社誌に未発表ということだろう。

⑭吉川宏志「1970年代短歌史」〈(久保田正文は)自分たちが守ってきたと自負する短歌が、嘲笑的に扱われることに非常に不快感をもったことは理解できる。(…)これに対して冨士田元彦は「結果的に久保田が、旧歌壇を中心とした『前衛狩り』、つまり現代短歌運動攻撃の先鋒となったのは事実であった。(後略)」と述べているが、やや一方的なまとめ方ではなかろうか。〉やや、というか相当一方的なまとめ方だろう。端的に言って、ひどい。被害者が加害者にされている感もある。「前衛狩り」のイメージが変わった。

〈寺山が名づけた「前衛狩り」という言葉には非常にインパクトがあった。そのため、「狩り」を行った旧世代が悪だというイメージが生まれた。〉今まで全くそのイメージで見ていた。不勉強でした。しかし言葉のインパクトはすごい。昔も今も、キャッチ―な言葉を作った者が何かと有利なのだと思った。

⑮松岡秀明「光をうたった歌人」いつしかも脱失せてける生爪に嘗むればやさし指の円みは  明石海人〈海人はすでに失明していたので、爪が無くなっていたことにしばらく気づかなかったのだ。その爪のない指を、「嘗むればやさし指の円みは」と詠んだユーモアに救われる。〉ユーモアだとしたらかなり悲しいユーモアだ。人間、どん底に陥っても、ユーモアがあれば少しでも楽になれるのかも知れない。

〈本連載では残念ながら至ることができなかった『白描」「第二部 翳」の歌も入れて、二〇二二年度に(…)上梓する予定である。〉連載終わり?ええッ!?そろそろ「第二部」に進むのだなと思っていたところなのに。リアリズムの極みの第一部と、幻想的でシュールの極みな第二部。一冊の歌集でこの両極に振り切ったのは海人だけ。片方だけとか両方曖昧に、とかの歌人はいるけど。二部の読みを読みたかったのですよ。刊行待ちます。

2021.8.12.~14.Twitterより編集再掲