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『塔』2021年6月号(3)

重き障がい負いて逝く児に先生は泣けばすむでしょと泣きつつ保護者は 中村英俊 何とも辛い場面。保護者も思いやりには感謝している、でも辛過ぎて言わずにいられない、言ってもこの人なら受け止めてもらえるという気持ちがある。そう思いたい、保護者の言う事は全くの真実であるが。

別室で書類を整理するときに指の震えが始まる、安堵。 久保まり子 作者は病理解剖の執刀医。全てを終えて書類を整理する時に指が震える。執刀中に震えが来なくて良かった、という安堵。迫力のある職業詠、死者へのリスペクトに満ちた一連。

耐熱のガラスのように怒りたい煮えるはらわた透かして歩く 小松岬 怒りを内に秘めて平静を装うこともできるけど、しない。怒りを透かして見せて歩く。何も無かったことにはさせないという告知だろう。はらわたが煮えくり返るという決まり文句が、ここではピタッとはまっている。

体が邪魔、心も邪魔なはるのあさ存在しない恋人を詠む 田村穂隆 初句二句にぐっと来る。自分の体も心も邪魔。ならば自分って?という疑問も浮かぶが、自分で自分をどうにかしたい、でもどうにもできないという居所の無さが切実に伝わる。その上、詠んでいる恋人も存在しないのだ。

私ならもっと優しくなれるのにと母親たちを見た 流産ののち 清原はるか 子供に対して冷たかったり、怒って必要以上にきつく当たっている母親を見て、上句のような感想を抱く主体。それは流産したから。しかし子を産んで、主体も思っていた事と実際の乖離に悩む。長い時間を含む一連。

人間のすることぢやない? さうぢやない、人間だからするんだと云はる 篠野京 結句の「と」まで全て他者の発言と取った。上句は上句、下句は下句で別の文脈だが、組み合わせるとこの一首のような矛盾になるのが妙味。それは「どんなこと」なのかここでは書かれていないのだが…。

ノックとは戸に打ちつける骨の音 君の扉に打ちつける音  北奥宗佑 「〇〇とは~」という定義付けの短歌は一つの型だと思う。それだけにどれだけ意外性のあることを入れるかが問われるところ。この歌は、ノックとは指の骨が扉を打つという発見と、君の扉に特化したところが印象的だ。

2021.7.26.~28.Twitterより編集再掲