『短歌研究』2024年11月号
①したたれる油に沈むサーディンの群列、あるいはわれらの黙を 高木佳子 缶に並んだオイルサーディンを詠っているのだろう。しかし不気味な雰囲気。下句でそれが一層強まる。口を封じられた人間の沈黙そのものが油に沈んでいるかのようだ。
②悪い夢を人は見る 冷房と真夏の窓の汽水域にて 花山周子 寒くなった昨今だが、この夏の暑さは忘れられない。冷房をかけても暑さが入り込んで来る窓際の空気を汽水域と喩えたことに納得。「悪夢」なら平凡だが「悪い夢」には迫力がある。醒めて見る夢だろうか。
③どの店に昼を行こうか、はつ秋の日影が商店街を横たう 藤島秀憲 「昼を」に多くの省略がある。その「を」の含むものの多さに惹かれた。下句は商店街が日影になっているのだと取った。まだ暑い日差しの中で、ランチをする店を考えているのだ。
④「こわくない?」そう繰り返し言うきみの白目がいちど濁って濡れる 山崎聡子 恐怖の中で主体に繰り返し語りかける「きみ」。白目が濁るのは死の暗喩だろうか。サラエボの子ども戦争博物館を訪れた体験を詠っている。オンラインで見たのかもしれない。
何首かずつ文頭の高さや字体を変えて変化をつけている。その変化は主体の変化だと思った。博物館で見た様々な人物に憑依したように詠っていて、その中に作者本人が少しずつ(自身を分断するようにして)入り込んでいるのではないか。内面の何かが激しく共鳴して作品化されたと感じた。
⑤工藤吹「特集 あたらしい韻律面白い韻律」
Test your internet connection by joining a test meeting. 吉田恭大
〈文字通り定まった型なのだ。(…)Zoomの文言が作者により再度成型される。私たちはときに、型によって歌を見出す。〉この論が成り立つためには全ての英単語をカタカナで発音する、という前提が要る。「テスト」は3音だが、「test」は1音節だ。掲出歌をカタカナ読みすると33音でほぼ定型だが、英語読みすると15音節。作者もカタカナで読まれる意図なのかな。
⑥ユキノ進「特集 あたらしい韻律面白い韻律」
I wanna be with you.そばにいるだけでぼろ雑巾が心みたいで 青松輝
〈初句は「アイ・ワナ・ビー」までの六音、「ウイズ・ユー/そばに」の句割れ八音が二句目となる。英語では六音節の一文をカタカナ英語の十一音として取り入れているところがおもしろい。〉
ユキノの前提もカタカナ読みだ。音節数も分かっているが、カタカナ読みしないと短歌としての音数が合わないから、自然にそうしてしまうのだ。⑤の吉田恭大の歌もそうなのだろう。
では英語で書いてもカタカナで書いても発音が同じなら、なぜ英語で書くのか。それはカタカナである程度以上の長さの英文を書くと、パッと見で意味が取りにくいからではないか。そう考えると英語表記は漢字表記のように、表意文字として働いている。聴覚の問題ではなく視覚の問題なのだ。
⑦横山未来子「特集 あたらしい韻律面白い韻律」
アダムインザステーション ねえ、缶コーラを買う後悔、いまの空は何色? 古地陽一
〈この一首を初めて読んだとき、リズムがラップのようだと思った。(…)四句目は九音と字余りだが、リズムにのせて読むと、「カウコーカィ、イマノ」と、「後悔」の語尾の「イ」が、「いまの」の頭の「イ」に吸収されて軽い発音になるため、字余りがあまり気にならない。〉
これはとても示唆的な論だ。横山が言うように読んでみると、確かにラップっぽい。音を全部発音せず読むとか、リエゾンするとか、これは現代版の声調なのかもしれない。横山の挙げている切れ目は〈アダムインザ/ステーション ねえ、/缶コーラを/買う後悔、いまの/空は何色?〉。「缶コーラを買う後悔」の押韻も詳細に検討している。作者が考えてというよりノリで作ったのなら、音感が良いのだろうなあ。
⑧吉川宏志「1970年代短歌史第34回」
〈普遍的なものは、変化を記述する〈歴史〉には残らない。しかし、〈短歌史〉はそれとは少し違うのではないか。変わらないもの、変わりゆくものの両方に広く目を配りながら、強く深い感情の刻まれた言葉を拾い上げてゆく。そうした姿勢が〈短歌史〉を書くためには必要なのではないか。〉
まさにその言葉通りの「1970年代短歌史」だった。今回最終回。終わってしまってもう読めないのが悲しい…。今回は「明治生まれの歌人たち」。短歌を屋台骨として支えた世代に最後はスポットライトを当てた。
この連載を毎回読むたびに、ずいぶん勉強させてもらった。新旧の流れに行き届いた視線を当てた骨太の連載だった。篠弘に続く短歌史の書き手を私たちはついに得たのだと思う。本当にお疲れ様。また次の連載をお待ちしています!!
⑨川田由布子「川本千栄歌集『裸眼』評」
アネモネの眼が揺れている見たことを語れ語れと風に煽られ 川本千栄
〈「語れ語れ」と言うその眼に誘われ、裸眼では見えなかったものも短歌の形にしてまとめた。〉
川田由布子様、深く読んでいただきありがとうございます!
2024.11.19.~20. 25. Twitterより編集再掲