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角川『短歌』2022年11月号

みちのくのやまの出湯(いでゆ)に一夜寝てはかなきゆめをわがみたるのみ 小池光 東北の温泉に一泊してはかない夢を見た、それだけの内容だが、胸にしみじみと響くものがある。私は意味内容重視であまり調べに感動しない方だが、これは調べがいいと実感できた歌だ。

誰からの頂きものか文鎮のフタバスズキリュウの頸がページを抑へる 永田和宏 実はこの文鎮の実物を見たことがある。アレかー!と声が出たわ。金属製で滑らかで、媚びてないけど可愛いフォルム。頸を伸ばして主体の読んでいるページを抑えている。どこか健気な恐竜だ。

上九一色村へゆく一列先頭にカナリアはゐき先に死ぬため 川野里子 オウム真理教のサティアンに警察が踏み込んだ時の光景。昨今の宗教と政治の癒着問題でまた連作のテーマとなっている。炭鉱のカナリアと同じく毒ガスを検知して人より先に死んでしまう。何かの象徴のように思える。

人間は心弱く意志強きなり空中浮遊さへせむと励みき 川野里子 心と意志の差異を突いて来る歌。主体は宗教に見せかけたマインドコントロールに苦しむ人々を自分事として捉えているのだろう。今考えると荒唐無稽だが、確かにあの時期、空中浮遊は可能かどうか議論になっていた。

カナリアを死ぬたび取り換へ先立てて闇をゆく列われもそのなか 川野里子 カナリアを先立てて安全を確認してから進む列。しかし闇の中なのでどこへ行くかは不分明だ。カナリアを犠牲にすることが主体自身の問題として問い直される。テーマ性が強く、連作を読む面白さが堪能できる作。

夢の模型つつみて肩に背負いゆくエッフェル塔売りアフリカより来て 工藤貴響 路上でエッフェル塔の模型などを売っている。そうしたアフリカからの商売人がヨーロッパの街角には多くいる。移動する時は商品を背負ってすばやく動く。現地人でも観光客でもない目線からのスケッチだ。

石段を先ゆくきみの返り見て否定辞のpas(パ)のあかるさ言いき 工藤貴響 石段を登っていると取った。君が振り向いて、フランス語のpasは明るい響きだね、と言った。きみも主体も異邦人。明るく否定してくるフランス語に未だ馴染めないのだろう。pasが明るい、という把握に惹かれる。
 日本語は、というか日本語の会話では否定語を使わずに語尾を濁すことで否定することが多いからな。それは他言語話者に取って、ものすごく分かりにくく、ストレスフルなそうだ。

宛の無い祈りのように歯を磨くきっと幾つか焼け残るから 伊藤汰玖 祈りのように、はよく見るフレーズだが、この歌の中では歯を磨く、にかかっているところが効いていると思う。事故などの時の身元特定に使われるから、ということだろう。連作の最後の一首なのも余韻があると思った。

⑨カン・ハンナ「家族の歌」〈考えてみれば、同じ時間に同じ場所で集まり、お月様の下でお互いの健康や幸せを祈るのはこの上ない幸せではないでしょうか。〉韓国の秋夕(チュソク)という祝日について。韓国最大の祝日だそうだ。旧暦の八月十五日の前後三日間とのこと。
 〈東京から独りで見る満月は、今年も綺麗でした。(…)なぜ私は家族と離れ、母国じゃない地で頑張っているのだろうか。家族には私の想いをちゃんと伝えているだろうか。〉角川短歌賞受賞の工藤貴響、そしてこのエッセイのカン・ハンナ。母語ではない言葉を使い頑張っている人たちを素直に尊敬する。

⑩鈴木加成太「時評」〈一九八五年頃からの情報通信の急激な変化は、それ以前の情報通信を知る世代にとっては、膨れ上がる情報量を実感させるに十分だったのではないか。(…)そうした中で、自身の作った歌や先行世代から受け継いだ歌が、次々に発信される情報に押し流され、読まれないのではないか、または残らないのではないかという不安が濃度を増していっても不思議ではない。近代から「中堅歌人」までの歌を読み、受け継ぐことの意義が強く主張される背景には、読まれない・残らないことへの強い不安があったと読みとるのが自然ではないか。〉的確な分析だと思う。
 〈読まれないことへの不安を読まれるための努力や読まれたことへの喜びによって打ち消し、残らないことへの不安を個人的なレベルの努力や残すことの使命感、作品の内在的価値への一方的な信頼によって打ち消すと言った思考では、そこから先へ議論を進めるのは難しい。〉いい作品なら残る、は幻想だ。

⑪鈴木加成太「時評」〈残すという点では、評論の充実が今後求められていくことになるだろう。(優れた歌や歌集を)整理して歴史の文脈に位置付けてゆく役割を負う評論は、作品の量や速度に追いついていないのではないか。
 一方で、読むという形態も今後は変化していくように思う。アンソロジーに収録されるような主流の作品を軸に現代に至るまでの太い道筋を見る読み方は、今のこの時代にはそぐわないのではないか。〉主流ということが揺れつつある時代、大きな主流が見えにくくなっているということもあるだろう。

⑫鈴木加成太「時評」〈川本千栄の評論集『キマイラ文語』の中に、「口語」の曖昧さを検証する上で、香川景樹の方法を歌論なども含めて検討したものがあり、興味深く読んだが、そうした題材の取り方も一つの読み方といえよう。〉取り上げていただきありがとうございます!
 〈読み・残す担い手を信頼できるようになること以外に、読まれない・残らないことへの不安を解消する方法は、現状では見当たらない。〉全く同感だ。この号の時評は取りこぼしなく現在の状況の問題点を整理し、解決策を提案している。ぜひ原文で読んで欲しい時評だ。

2022.12.3.~5.Twitterより編集再掲