『塔』2020年12月号(4)

㉒植田今日子 梶原さい子『ナラティブ』評〈歌集全体を貫いているように思われるのは、著者が祖母の生きた時間や(…)病を患ってから重ねてきた時間を知ることによって、新たに接合しはじめた各所に流れる時間である。〉充実した歌集評。自分の気づかなかった読み処に気づく。

*上智大学教授・社会学 上田今日子氏におかれましては2021.2.11.に逝去されました。ここに謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

各停のようにゆっくり続いてく君との日々にああ光生れ 綾部葉月 君との旅行を詠んだ一連。ゆっくりした旅行なのだろう。そんな旅行の続きのように君との日々がある予感。「各停のように」という喩が旅行の雰囲気に合っている。

ギザギザはグレープフルーツ先割れはスイカと母の匙多かりき ぱいんぐりん そう、色々な種類のスプーンがある。これって日本だけ?この他、苺の粒々再現の苺つぶしスプーンとか蟹せせり用フォークとか。それも昔の家族の人数分。もう一人暮らしになっていても母は捨てられなかったのだ。

暗闇をぼくの形に切り取ってそこにぴったりはまるかんかく 山田泰雅 自分の身体の外にある暗闇。そこを自分の形に切り取って自分が入る。ぴったり収まって。孤独感が身に張りつく。この作者の身体感覚は新鮮だ。下句のひらがな書きも効いている。

青色の羊の夢はながすぎて目の開け方を忘れてしまう 山田泰雅 ずっと夢を見ている。一人で目を閉じて。青い羊が出て来る夢。長い長い時間が経つ。もういいよ、と目を開けようと思っても、夢が長過ぎて目の開け方が分からない。どうやって人と触れ合えばいいのか、忘れてしまった。

㉗作品合評 目の前の色彩つれさるように降る傘にぎりしめ橋わたりゆく 加藤紀 拝田啓佑〈「降る」のイメージは縦ですが、「連れ去る」は横で、広がりのあるレトリックだと思います。〉歌が生きる評。この縦横の感覚は、割と自分に無いので、人の評を読んでハッとすることが多い。

㉘作品合評 会うたびに丸くなってゆく背中追いかけ歩く人混みの中 さつきいつか 中山惠子〈もう向かいあって何かを紡いでゆくことのない二人(…)「丸くなって」のあとにある種の感慨の一拍が入る気がします。間があってから「ゆく背中」と続きそうな。〉歌の心を読み取った評だ。

㉙作品合評 ぽろぽろとこぼれてゆきぬわが想ひ棺の母に涙を落とす 広瀬桂子 中山惠子〈結句の「涙を落とす」の意志的な表現が、今まで触れられなかった母に涙で触れている感じがしました。〉「意志的」「母に涙で触れている」に瞠目する。単に泣いているのではない。評で歌が輝く。

2021.1.9.~10.Twitterより編集再掲