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『塔』2021年9月号(4)

海面がサフラン色に染まりゆく燃えつきるのみの恋もあるべし 伊勢谷伍朗 サフラン色という言葉選びがいいと思う。花びらだけでなく蕊の色も含んでいる。薄紫の海に黄色い夕日が反射している図を思い浮かべた。夕日のように燃え尽きるだけで成就しない恋。べし、は推量と取った。

ふつふつと泡立つように紫陽花が今年も咲いて出口が見えない 布施木鮎子 紫陽花を泡立つと捉えるセンス。それも「ふつふつと」沸騰するように花が咲きこぼれるのか。結句、何の出口だろう。今年に限定すればコロナ禍かも知れないが、どんな閉塞状況にも当てはまると思う。

開かない花火は半円球のまま散(ち)り散(ぢ)りに散(ち)り散(ち)り散(ぢ)りに散(ち)る 中森舞 漢字と読ませ方の妙。テンポも良く、音も面白い。何度でも音読したくなる。つい下句に気が取られるが、上句は線香花火だろう。儚く、届かない思いのようで、情感がある。

聞くだけにすればよかった ばったりと電話は途絶え梅雨に入りたり 佐々木美由喜 相手の相談に乗っている内に、何かアドバイスをしてしまった。そうしたら相手からの電話は来なくなった。別にアドバイスなんて欲しくなかった、聞いて欲しかっただけ。そんな相手の気持ちに気づく。「よかった」「ばったり」の促音が心の躓きを表す。「入りたり」の助動詞が自分の心の内側に沈むような内省的な印象を与える。

 この作中主体はめちゃくちゃいい人だ。私なら相手の話を遮ってアドバイスしてしまう。電話が来なくなったらすぐ忘れそうだ。

継母も姉も殺してわたしなら硝子の靴を履いたりしない 森山緋紗 ガラスの靴を履いて、王子様に護られて生きるなんて真っ平。私は私を苦しめるものを自分の手で取り除く。自分の力で素足で立つのだ。作中主体はそう言いたいのだろう。なるほどそれも一つの見識、爽やかな生き方だ。

 しかしそれでは、いつか自分が逮捕されて死刑になってしまうかも知れない。怯えて生きなければいけないかも知れない。お伽話のシンデレラは王子様と結婚して権力者になったところで、継母と継姉二人に真っ赤に焼けた鉄の靴を履かせて死ぬまで踊り狂わせた。それを王座に座って笑って見物したのだ。

ひばりらを空に放ちて無音なる野の陰いよよ深みゆく午後 俵田ミツル ひばりが野を発つ、という発想は良くあるが、野がひばりを放つ、という発想は鋭い。空にひばりを放ったから野は音が無い。知人の死を扱った重い一連の中で、ふっと背景のように差し出される一首。

虎を撫でる気持ちでおれを撫でてみて おいでドウダンツツジの陰へ 小松岬 上句と下句で二人の会話と読んだ。上句で「おれ」が誘い、下句で「おいで」と応じる。虎を撫でるという誘い方がどこか挑戦的だ。下句は艶っぽい感じ。虎とドウダンツツジが繋がらないのが却っていいと思う。

骨っぽい私の足の窪みには誰かの骨がはまる気がして 大宮みや 全て作中主体の思考の中のことなのだが。細くて骨ばった自分の足を見ながら、この窪みにはちょうどパズルのピースのように誰かの骨がはまるのでは、と考えている。誰かの足ではなく、骨。どこか死のイメージのある空想だ。

㉙内山晶太「1を1とすること」私の歌集『森へ行った日』の書評をお書きいただきました。ありがとうございます。作者からは見えない特徴を挙げていただき、今後の歌を考える大切な契機になりました。

2021.11.7.~9.Twitterより編集再掲