『塔』2021年1月号(3)

抱きしめてそのまま背の骨を数える 君とギリシャに行く夢をみた 永田玲 上句は動作、下句はその時に思い描いた夢だろうか。あるいは上下を切って別の場面と取るか。どちらであっても相聞の気分をたっぷり伝えてくれる。抱きしめた背中を上下に動く手。青いギリシアの空と白い建物。

てのひらの窪みに沿はせ読んできた書物とぢればたつぷりと、夜 小田桐夕 柔らかい薄い本が読んでいるうちに手の窪みになじんでくる。その本を閉じれば、いつの間にか時間が経っており、あたりは夜。「たつぷりと、夜」に時間の経過が感じられる。「、」に一呼吸以上の溜めを感じる。

何を言わずにいようとしていたのだろう ほたる祭りの君の横顔 真栄城玄太 何を言おうとしているのか、ではなく、何を言わずにいようとしていたのか。相手には何か言いたいことがあったのだ。主体はただその横顔を見つめるしかなかった。ほたる祭りという場が、はかなさを感じさせる。

悲しみをシェアせむと云はれピザみたく薄ぺらになるわれの悲しみ 大江裕子 あなたの悲しみを分かち合いたい、一緒に背負いたい等と言うと重くなるから、シェアという語が好まれるのか。でも本当の悲しみはシェアできない。共有できない。ピザのように切り分けられるものではないのだ。

わたしには見えぬ黒子に触れながら掠れた声でこいぬ座と言う 榎本ユミ 性愛の場面。自分の身体なのに自分では見えない位置にある黒子。それに触れながらその形がこいぬ座だと言う相手。「掠れた声」に迫力と艶がある一方、「こいぬ」が表記と内容でまろやかさを添え、バランスがいい。

パソコンを閉じて静寂 最初から一人だったけど一人になった 万仲智子 Zoom会議が終わった。パソコンを閉じれば静寂が訪れる。その一瞬を詠んだ。下句に今の孤独が言い表されている。楽しくみんなでおしゃべりをしていたが、ずっと一人だったのだ。Zoomが終わった時にそれを思い知る。

2021.2.2.~3.Twitterより編集再掲