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『歌壇』2021年3月号

いちやう二樹野を明るませ今日の日を明るませ我を明るませ立つ 木村雅子 とても前向きで肯定的な歌。「明るませ」の繰り返しで読む方の気持ちも明るくなって来る。三句でゆっくり息を吸う感じ。三句から結句への句割れ句跨がりが大らか。希望が湧く歌。

②花山多佳子〈震災五年目くらいから「風化」を憂うる歌が増えてきた。去年オリンピックが開催されてインバウンド真っ盛りとなれば風化まっしぐらだったが、コロナ禍に見舞われて、震災十年目を迎えることになった。喪失し続けていることが刻印されると思う。〉明言している。そう思う。

ほとんどの人が断る 一年に一度その時のみの取材を 大口玲子 そうなんだ…と暗い気持ちになる。三句以下を読むと、それはそうだろうと思う。では被災地にいない者が見る、新聞などでの取材の記事は、断らないごく一握りの人たちなのだ。薄々そう思っていたけれどはっきり知ると辛い。

④澤村斉美「永福門院の歌」〈当時の私が持っていた和歌のイメージは『新古今集』のあたりまでで止まっており、次は一気に江戸時代の国学、さらに明治時代の正岡子規まで飛ぶというありさまだった。〉そういう人がほとんどかも。万葉集から子規まで、間が無くて一直線とか。

〈言葉(技巧)か心かというのは、古典和歌から近代短歌を経て現代短歌に至るまで続く葛藤なのだ、と理解したい。〉この評論の特徴は古典和歌を読みながら現代短歌に焦点が当たっているところだ。学者が書く論と、歌人が書く論の一番の違いと言っていい。

むかしよりいく情をかうつしみるいつもの空にいつもすむ月 永福門院〈「いつも」の繰り返しに驚かされる。伝統的な和歌では「畳句」といって傷とされる言葉づかいだ。〉トートロジー?現代では普通だが古典では傷だったということか。それでも「心のままに」詠った永福門院。中世和歌も面白そうだ。

ひと切れの檸檬を入れた水差しが確執ほどに冷えきって朝 帷子つらね 水に爽やかな味を加えるためにレモンを一切れ加えて冷やす。そんなごく当たり前の日常の風景が「確執」の一語で緊張感に満ちる。確執ほどに冷える・・・つまり確執とは冷えた感情なのか。朝という場面設定もいい。

すれちがう靴音はみなかろやかで影とは弔旗 翻らない 帷子つらね すれ違っていく靴音を軽やかと感じるのは主体の心に何らかの鬱屈があるのだろう。その耳は靴音を、目は影を捕らえる。影から弔旗への転換が自然でうまい。さらに結句で、心にかかる影を動かないものにする。

 歌壇賞受賞第一作三十首。一首一首の語彙が豊富で、導かれるイメージも豊か。また連作としてのテイストが揃っているので、とても自然にそして引き込まれて読んだ。他にも、挙げたい好きな歌がたくさんあった。

2021.3.15.~17.Twitterより編集再掲