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角川『短歌』2021年8月号

ちよん切るといふはその後を見ないことあたりに飛び散る花首の血も 梅内美華子 ちょん切る、という言葉の由来についての歌。切ってしまってその後のことは関知しない。花を切った後も。血は喩だろう。切られた花の苦しみを表しているのか。

しんどさよ眠りのなぎさに立ちあがる渚のシンドバッドがここに 桜川冴子 立ち上がる渚のシンドバッド、誰??ピンク・レディの二人が脳裏に浮かんだのか。初句との落差がすごいとも思うし、しんど過ぎての幻影?とも思う。一連の中で異色の一首だが、ちょっと楽しくなる。

③坂井修一「赤彦の寂寥相」〈そうした激しい混沌が前面に立つか、水底に沈みこむかの差によって、歌人は変貌したと言われ、完成に向かったと言われるが、要はカオスを包み込む器を手に入れたかどうかということであろう。〉赤彦の歌の変遷についての論。引かれている歌がいい。

④「永遠の文化祭」学芸員・原辰吉〈もし作歌に行き詰まったら、ぜひ博物館を訪れてみてほしい。文学でも美術でも何でも良い。そこには創作者たちの研鑽の痕跡、時には創作の極意までもが展示されている。〉永遠の文化祭、いいな。見に行きたいもの色々ある。ビュフェ、杉浦非水…

⑤東郷雄二「時評」 口語によるリアリズムの更新、という話題について時系列的に整理しながら、東郷自身の所感を述べている。いくつか引く。〈作中主体の知覚・行動の順序を遵守する」という「リアリズム」がふたつの問題を孕んでいることを見ておきたい。〉その二つとは空間的な拡散と時間的な拡散である。

 後者について東郷は〈空間的な拡散以上に時間的拡散は、歌の結像性を弱める。私たちはこのような歌を読む時、明確な視覚的像を描くのが難しい。〉と「拡散」についてやや否定的な論調である。リアリズムが「知覚・行動の順序を遵守する」でいいのかも気になる。

 また、空間的拡散については〈(近代短歌の)視点の指定を制度的に担保しているのは歌の「空間的統一性」である。ところが永井祐の歌に見られる空間的拡散は、これと真っ向から対立する。読者は光景を見るべき視点に辿り着くことができないからである。〉ここでも否定的な論調に思える。

⑥この話題について時系列的に議論を通観した後〈果たしてこれが「リアリズム」なのかという疑問と、多元化する「今」が本当に「今」なのかという疑問について考えてみたい。〉と続く。論者の意見の知れる、一番キモの部分だ。

 まず空間的拡散・時間的拡散を西洋絵画史と比較する。〈対象を幾何学的に分解し再構成するキュビズムの方法論は、やがて具象自体を否定する抽象絵画へと発展した。こうして視点の複数性は、やがてリアリズムの埒外へと画家を導いたのである。〉美術の場合、拡散が、絵画をリアリズムから遠ざけた。

〈また永井らの歌で動詞の終止形が表す複数の時点は、作者にとっては実感に基づく「今」かもしれないが、読者にとってもそうであるとは限らない。〉この段落はとても興味深い。〈「今」とは原理的に捉えることのできないもの〉、文学とは〈「今」を再構成する営み〉など深い考察が伺える。

⑦ここまで読んでくると、東郷が短歌の空間的・時間的拡散は、リアリズムにとってマイナスだ、と主張しているように読める。ところが最後の段落の最後でそれがひっくり返ったような印象を受け、東郷の主張がどこにあるのかよく分からなくなった。

〈永井らが助動詞を使わないのは、助動詞が日本語の時間表現を担っているからであり、短歌において仮構の「今」を再構成する主要な手段だからだ。〉こう書かれると、助動詞を使って「今」を再構成することに賛成のように読めるのだが、この文はこう続いて終わる。

〈永井たちは疑似的な「今」ではなく、真の「今」を求めているのである。〉これは擬似的な「今」より真の「今」を好意的に解釈しているように読める。その前段階で、「今」とは擬似的に捉えるしかない、文学とは「今」を再構成すること、と言っていたのと主張の方向が逆に感じられる。真の「今」?

⑧〈真の「今」〉がリアリズムということかも知れないが。そこはもう少し説明が欲しいところ。見た物を見た順に書くのが本当にリアリズムなのか。それに文語と口語の差があるとしたら、助動詞の部分だけではないか。東郷にはこの続きをもう少し聞きたい。

⑨小島なお「時評」〈この三十一年の間に私たちは暴力に敏感になった。暴力は何も殴る、蹴るの身体的なものだけでなく、誰をどう呼ぶか、対象をどう扱うか。〉本当にこれは最近思うこと。特に年齢を重ねている者ほど感覚が昔の基準のままで鈍感なのではないかと思う。自戒を込めて。

〈完結しない二人称の輪郭が、固有の存在から普遍の存在へ展かれている感覚がある。明らかに私ではない誰かのためであった二人称が、ここでは私やその他大勢を指し示してはいないか。〉この二人称の捉え方に興味を持つ。このような視点で歌を読むと見えてくるものがあるかもと思う。気にしていたい。

2021.9.15.~18.Twitterより編集再掲