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『塔』2020年1月号~6月号ベスト10

 『塔』誌から毎月好きな歌を気ままに引いて感想をつけていますが、2020年は1年通して書いたので、ベスト10を選んでみようかと思いつきました。絞るのが難しいので、前半・後半それぞれのベスト10にしました。それでも難しかった…。これはあくまで私の好みです。同じ作者を選んでいたり、1首も選んでない月がある場合もあります。また、挙げた順番も掲載月の順で1位2位とかではありません。では、ご覧ください。

「転職」の「ンショ」のあたりがかわいいな 好きなだけ塗る粒マスタード 小松岬 転職を検討しながら何度もつぶやいているのだろう。音がかわいいという感性がいい。職業に縛られる自分と、「好きなだけ」と量をコントロールできる食べ物。上句と下句が響き合っている。(1月号)

昼間から抱かれておりぬひらがなの あ がばらばらになるイメージで 榎本ユミ とてもインパクトのある一首。「あ」の前後の一字空けが効果的。「あ」が視覚にも聴覚にも訴えかけてくる。一連の他の歌にも強く惹かれた。(3月号)

降り頻る雪が来てほしい本当のことはなかなか言ひ出せぬゆゑ 祐德美惠子 二句目八音が、とても長く感じる。(一般的に四句五句の八音はあまり長く感じないのに。)そのことと、口語の言葉遣いが切実感を強めている。結句が文語だからよけいに、か。まだ言えないでいる「本当のこと」。(3月号)

今日の僕は今日で会社を辞めるから、その楽しさで正気を保て 吉岡昌俊 わかる、毎日会社を辞めて帰って行くんですよね。それを楽しみに一日耐える。でも次の日が来たらまた昨日と同じ。「、」で一息入れて、自分に「正気を保て」とまで言うところに追い詰められ感あり。(3月号)

謝って楽になりたいだけの君銀糸の雨が降り続いてる 王生令子 相手がそう思って謝っている時は分かるものだ。謝られる側の心に広がる空しさ。その空虚な心に銀糸のような雨が降ってくる。(3月号)

一心に数式を解く君の手に冷たい指で触れる 雪だよ 小川さこ 普通は自分の指の冷たさは意識しておらず、触れられた側が「冷たい」と意識するはずだ。相手の反応の後で、その前から意識していたように詠んでいるのだろう。雪はもちろん、数式を解く、も温度が低いイメージ。(4月号)

ドクターは「ああ、良いお顔」と手を合はせ看取りの日々をただしきものに 河野純子 看取りに正しいも正しくないもないのだが、ドクターの言葉で「ただしきもの」に思えた。というより「ただしきもの」になった。自分はこれで良かったのだ、と確信できた。静謐な感動を受けた一首。(5月号)

まだ何か言わないでいる君の背がチヨコレイトのぶん遠ざかる 真栄城玄太 とても好きな歌。選歌後記には「君」が石段を登る、と書かれているが、私は平面移動のように思う。というより、ジャンケン遊びは喩で、何かを言わずに君は離れて行き、自分はその地点から動けないと読んだ。(5月号)

雪ふらず冬は終はれりいちどきりいちどきりなるさよならもせず 澄田広枝 雪が降らずに終わった冬。終わりも分からない、中途半端なまま。そしてさよならもせずに別れてしまった相手。せめてさよならを言いたかった。気持ちのケリがつかないのだ。「いちどきり」の繰り返しが辛い。(6月号)

ずっと死にたかったのですと言いながらホットケーキを注文しおり 中山悦子 とても印象に残った一連。「死に/たかった」の句跨りが耳に残る。これから始まる話と、ホットケーキという量感のあるおやつの組み合わせ。聞く姿勢にいながらも、観察する作者。場面の切り取り方が小説的。(6月号)

Twitterより編集再掲