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『塔』2021年10月号(4)

あなたには会いたいけれど夏の雨ゆっくり降るからここだけ降るから 増田美恵子 歌意は、会いたいけれど会えないに尽きる。二句切れで三句を挟んで、さらに三句を主語にして、会えない理由へと転換する。ゆっくりもここだけも、主体の主観だから強い。歌謡的なリズムの良さが魅力。

敦盛の首洗ひしとふその池にみつかりしとふ人面魚三匹 赤嶺こころ 怪談は一人称でしろ、伝聞では弱いとよく言う。この歌は「とふ」の繰り返しが明らかに伝聞だが、材料が怖いから充分不気味さが出ている。死後何百年経ってもその無念が伝わる敦盛。人面魚は誰の顔をしていたのか。

ソーダ水みどりの中の君の目の水のうちにて魚となりぬ 西真行 ソーダ水を透かして見る君の目。その目に湛えられる水の中で主体は魚となった。瑞々しい感性。次の「みどりの中をみどりの川の流れおり春の雨ふる沃野に立てば」も対象の把握がシンプルで、歌に清新さを感じた。

あまりにもきれいできみはまがいもの境界線のない地図を買う 中森舞 あまりにもきれいでギリシア彫刻かアンドロイドのよう。人間ではなく、その美しいまがいもののようだ。境界線の無い地図も、地図としては不完全。絵のような地図が、まがいもののように美しい「きみ」と響き合う。

僕は今ひとりでいるよ 颱風の後の砂浜みたいにひとり 山尾閑 繰り返される「ひとり」の語。颱風のように生活を大きく動かす出来事があったのだろうか。それが去った後の孤独感。誰か、おそらく自分に颱風をもたらした相手に語りかけるような上句が印象的。

肉体が滅んでもって言いかけて蚊取り線香見て無理だった 丘光生 肉体が滅んでも気持ちは変わらない、と言いかけた。だが永遠に火が廻り続けるかに見えて、翌朝には灰になる蚊取り線香を見た途端、それが実現できないと気付く。「滅」と「蚊取り線香」が絶妙。結句も効いている。

靴紐をむすぶ高さにドクダミは繁りて土を奔りゆく蟻 中野功一 靴紐を結ぶために屈んだ低さを、高さと言い換えている。そこにドクダミが繁っている。低く屈めばドクダミと同じ高さになり、地を奔る蟻が見えてくる。「奔」の字が蟻の動きを活写する。草いきれも感じられる。

瞳孔に過剰なひかりまた夏がインストールし直されゆく 佐竹栞 夏の光の強さを表す表現として新鮮で意表を突かれた。瞳孔が見開かれてしまうほどの光の過剰さ。一度インストールされた夏が再インストールされるように、光と熱が身体にねじ込まれて来る。この言語感覚は切れ味が鋭い。

月のない夜だったので鉄塔に誓いを立てたそれだけの夜 鹿沢みる 月に誓いを立てたかったのに月は出ていなかった。だから鉄塔に誓いを立てた。何のどんな誓いだったかは分からない。信仰を託すものとしては素っ気ない鉄塔と、全てをまるで重要ではないように収める結句に惹かれた。

おにぎりのなかでかたまるほぐししゃけ私が追いつめてたんだろうか 的野町子 ほぐしシャケがおにぎりを握ることで又固まる。細かいところを観察した、少しユーモアもある目線が、下句で突然自分の方を刺すように向く。自分のせいで状況が悪く固まったのか。上下句の付きが絶妙だ。

2021.12.14.~16.Twitterより編集再掲