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『短歌研究』2021年8月号(4)

父の手にぼくの手交はり舟を生む椰子の葉の帆を焦がす朝焼け 梅内美華子 詞書は「ぼくは風の音しかしないしずかな舟がすきだ」 インドネシア・レンバタ島に伝わる伝統捕鯨がテーマ。写真集を見て作った一連だろうか。景が大きく、描写が細かく美しい。想像を搔き立てられる。

山奥の傾りに百合を咲かすのだ運命をうらみそうになったら 江戸雪 心の中の山奥だろうか。下句のような状況にいて、心の斜面に百合を咲かすのは強い精神力が要ることだと思う。主体の目にはもう百合の群生が見えているのだろう。

詩に恣意はいらないどうか筆跡にのって逃れてくれ暴れ馬 帷子つらね 詩に恣意があってもいいだろうが、主体はストイックに客観的な美を求めている。けれど自分の心の中にいる暴れ馬のような感情を放たなければ、精神が保てない。筆跡にのってそれが逃れてくれるよう願う。

われに対して決して他人でなきわれがいること重く座布団の上 花山周子 自己認識が多重化している。主たる「われ」はもう一つの「われ」を重たく感じている。その場所が座布団の上なのが、主体の和風な生活様式を想像させて親しみ深い。自分にもそんな瞬間があったような。

㉘吉川宏志「1970年代短歌史 第三回」〈上田三四二や玉城徹の歌は、意味性よりも静かでやわらかな韻律を重視する。彼らの目には、前衛的な文体がこれ以上蔓延することは、短歌の危機だと見えていたのではないか。〉前衛短歌批判の側のポイントが分かる。同時代、既に問題点は見えていた。

〈塚本は、戦争という逃れようもない不条理を経験した。自分が生き残り、他人が死んだのは、全くの偶然にすぎない。あらかじめ確かな〈私〉が存在するとは、とても信じられなかった。〉塚本邦雄と福島泰樹の共通点を考察したこの項もとても面白い。毎回、多くを知り、多くを考えさせられる論だ。

2021.9.14.Twitterより編集再掲